第29期 #6

贖罪の冬

 2年にわたるシリウス星系の紛争から地球に帰還した晃司は、出征前とはすっかり変わってしまっていた。第5惑星名物の青灰色の砂嵐に晒されていたせいか、東洋人にしては白かった肌はどこかくすんだ灰色になり、黒かった髪も瞳も、陽に透けて灰色がかって見えた。
 おかえりなさい、と、帰還兵が降り立つ恒星船のターミナルで私は彼の胸に飛び込んだ。逞しくなった腕が硬く冷たく機械的に私を抱き返す。2年前なら、照れて真っ赤になりながら、汗ばむ手で肩をそっと抱いてくれたのに。
 帰還手続を済ませて解放されると、もう夜だった。街灯が冷たく結晶して、凍てつく舗道に冥府の死神のように濃い影を落としていた。無表情に歩く晃司の隣を並んで歩きながら、私は彼の手を握る。昔と同じ、大きな手。でも今は乾いて、強くも弱くもない力で握られたままだ。見上げた彼の横顔の先で、シリウスが禍々しい青白い光を放っていた。
 シリウスの戦闘は泥沼の殺し合いだったらしい。晃司とともに出征した部隊も、3分の2が帰還できなかった。一方シリウス軍は壊滅。昔一度だけ写真で見たことのある、見渡す限り青灰色をした第5惑星の砂漠には、憎しみの屍が累々と横たわり、今も乾いた風に吹かれているのだ。
 中心街を抜けると、脇道から退役軍人らしい体格のいい男が、黒い空気を掻くようにふらふらと寄って来た。麻薬をやっていることが一目でわかる。男は私たちをねめつけると、いきなり私の胸倉を掴み上げた。暴れる私を羽交い絞めにし、男は私の服をいきなり引き裂いた。業火のような怒りが子宮の奥から噴き出す。
 晃司は、虚ろな黒灰色の瞳で、ただじっと見ていた。氷点下に凝固した冬の闇のように、彼の心は凍りついている。どれほどの怒りや悲しみをあの星に捨てなければならなかったのだろう。
 私は首を締め上げられたまま、見当をつけて渾身の力で男を蹴った。柔らかい感触と、豚を絞めたような悲鳴。男が股間を抑えてうずくまる。私はその辺に落ちていた廃材を掴み、何度も、何度も男を打ち据えた。感覚がなくなる。怒りも、痛みも、何も感じない。
 晃司の手が私の腕を取り、私の手は廃材を落とした。大きな乾いた手が、血のついた金臭い私の小さな手を包み込み、こわばる灰色の頬に寄せた。
 私は目を閉じた。晃司の手から、頬から、彼の体温が伝わってきて、私は泣いた。


Copyright © 2004 とむOK / 編集: 短編