第29期 #13

おいしい年賀状

富子は二十三歳で、七つ年上の赳夫と結婚し、福井家に嫁いだ。七十歳の姑サキは厳しく富子に接した。赳夫は末っ子で四人の姉のうち三人はみんな嫁いでいた。三年して息子の秀人が生まれた。富子はいびりとも思われるほど、家事全般をサキに仕込まれた。ある時、赳夫の会社が倒産。赳夫は職をさがすと言って、戻らない。捜索願を出したまま三年が経つ。そのころから中学生の秀人が不登校となり、夜になると暴れ出す。またサキも繰り返し夕飯を要求し、ぼけ始めていた。心の逃げ場を失った富子は晩秋の食卓で死ぬ方法を真剣に考えた。そのとき季節はずれの年賀状が届いた。赳夫からのもの。喜ぶ富子。そこには大阪の飯場の連絡先が書いてあった。電話をすると話し中であった。翌朝テーブルを見ると葉書がない。慌ててさがすとサキが一心不乱に年賀状を食べていた。異食と呼ばれる痴呆の症状だった。富子は泣き崩れた。赳夫との絆は潰えた。もう待つのはやめよう、とふっ切った富子は自分が大黒柱なのだと奮闘した。秀人と取っ組み合いもした。あるとき殴られた背中が身体の芯まで痛んだ。翌日、サキを風呂に入れたついでに身体を洗おうとサキを後ろに座らせたとき、薫ちゃん、と言って抱きすくめられた。薫というのはサキの最初の娘で二歳で肺炎を患い亡くなっていた。このアザは薫だね、と言ってサキは泣き出す。サキはそれから一ヶ月して亡くなった。喪主の富子は自分は薫の生まれ変わりなのではと思ったとたん、棺桶に掻きすがりついた。半狂乱の富子。それを取り押さえたのは赳夫であった。葬儀を無事に済ませ、三年ぶりの会話。赳夫は謝って、サキからの返事を見せた。家庭の状況と叱咤の言葉が書いてあった。サキは、まだらぼけだったのだ。サキのせいで諦めた夫の帰還。が、それを促してくれたのはサキだった。厳しかった義母の真の愛情を感じ、お母さんとつぶやく富子であった。



Copyright © 2004 江口庸 / 編集: 短編