第29期 #12

ゆく年くる年

 部屋を出て行ったミナが、
「会いたいんやけど」
 と連絡してきたのは金曜のことだ。知らなかったのだが、今は隣街に住んでいるとのことだった。時間と場所の約束だけして、ミナはケータイを切ってしまった。それで指定された日時――日曜の朝七時に、こうしてコンビニに車を止め彼女を待っている。
 ラジオから道路交通情報が流れている。今朝は随分と寒く、山間部では雪も降ったようだ。うす曇の空をぼんやりと眺めていると、遠くからミナが歩いて来るのが見えた。ジャージ姿で、大きなバッグを持って。
 車に乗り込むなり、ミナは軽口を叩く。
「アキって、相変わらず彼女おらんの?」
 前はこんな言葉使いではなかったような気がするのだが。

 ミナの指示で郊外へと車を走らせる。聞きたいことは色々あるけれど、まずはそのファッションについて問わなくては。
「あれ、私バスケやってたって、アキ知らんかった?」
「知ってたけど……」
「今年はずっとやりたかったんやけど、この前偶然いい場所見つけたんよ。でボールとバッシュとウエアを買って」
 影響されやすかったり形から入ったりするのは変わっていないようだ。

 着いたのは分譲中の住宅地で、でもまだ家なんかほとんど建っていないようなところだった。フェンスで囲まれたコートの中には当然誰もいなかった。バッグを持ってミナは車から飛び出していく。駐車を終えてコートに行くと、もうドリブルを始めていた。ミナはこちらをちらっと見る。スリーポイントの線を踏んだかと思うと、シューズを鳴らし一歩後ろに下がって構え、きれいなフォームでシュートした。ボールはまだ低い朝日を超えるように弧を描き、やがて輪をくぐる。網をゆするかすかな音だけがする。余韻のようにリング下でボールが弾む。

「昔まじめにやってたんよ、練習」
「そうみたいだね」
「お気楽もいいけど、努力だとか、最近足りんなあって気付いて」
 ミナはボールを取りに行った。
「その辺アキだったら分かってくれる、思ってんやけど」
「僕に何かを期待してるのかな」
「そんなことよう言わん。この鈍感」
 はぐらかされたような気がする。
「あの時は仕事が忙しくって、ミナには申し訳なかったと思っている」
 ミナのほうからものすごい勢いでボールが飛んできた。辛うじてキャッチする。
「取ったら走る!」
 と、ミナの声。その思想は多分バスケじゃない。でも叱咤されたからにはドリブルを始めなくてはならなかった。


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