第29期 #11
白に花模様、ガテマラの刺繍。
仄青い曇り空はビルの表面を伝い降りて、人の行くほんのすぐ側にまで接近してきていた。覗き込むガラスの内側で、マネキンに巻き付いたコートが私の目を引いたので、頭の中で歌を歌うのをやめて、私は立ち止まった。ウィンドウショッピングってタダじゃん、と友人が言ったのを思い出す。
傾いたアスファルト、そのうえの足の裏。さりげなく、間に擦り減ったゴム板と、甲を覆う布張りのプラスチック繊維、など。視線をコートから外さずに、足下をもぞもぞと踏み付けると、靴とその感触の因果には、これがガラスの向こうに斜めて折り重なっていたころには存在しなかった類の何かがはっきりと存在していた。ガラスの外へ運び出したっきり、たぶんコートはただの布とボタンになってしまう。確からしい、ぼんやりした悪寒。私は歩き出した。
道にはナメクジの這ったような影がうねりながら続いていた。アスファルトを持ち上げる都会のやる気みたいなものが、むらになってしまって、でたらめに歩く人なみを支え切れずにへこんでゆくように見えた。当たり前のように、靴の下はちっとも軟らかくない。正しい形。私は安堵した。影はへこんでゆくだろう。見過ごされた癌のように。
歩道橋は、邪魔の気配だ。さっきから、粘り付く空気が降って来る。意味もなく、私は迂回したスロープを上った。靴の踵がカンカンと鳴る。アスファルトよりも軟らかい、ゴム引きの階段。
三階程度の高さの橋の、真ん中に立って、車道を見下ろした。三車線道路の流れは速い。ざらざらした音がイヤホンに混じった。大型車がくぐるたび、橋はぐらぐら揺れる。宙に浮いた感覚、包囲される予感に、私は柵に伏した。空気は私に腕を伸ばすのをやめた。雨が降りそうだ。壮大な違和感の中に浮きながら、怖いやら切ないやらで、私は急に、あることに気付いたのだった。
私たちは頭に糸をくぐして歩いている。それは白いものに青と少しの他の色で、ビルや道路を縫い取ってきた。ぼろは下へと沈んでいった。だんだんと赤とピンクの装飾が増える。未来派の色、視界は仕上げに向かっていく。
確かにへこんだ影を縫い取りながら、花模様はいつか現れる。それはすべてを超えてしまう。
ふと足下を見れば、私も暗がりを引きずっていた。私は溜め息を一つつく。マフラーに鼻を埋めると、甘く調合された花の匂いがした。