第28期 #9
マキハラミノリが眠りについてから、ちょうど一年がたとうとしていた。
一年前、小学校の校舎の二階から飛び降りてアスファルトの地面に頭を打ちつけて以来、ミノリは市立病院の最上階、一番奥の部屋で寝息を立て続けている。僕はその間に二回病室を訪れたことがあった。最初は同じクラスの他の生徒と一緒の見舞いで、二度目はミノリの眼に触らせてもらいに行ったのだ。
ミノリの母親は肉のだぶついた愛想のいい女で、少女のようにそばかすの浮いた頬を笑いに膨らませながらドロップの空き缶を差し出したが、そこには他の子供たちが投げ入れていった硬貨がすでに山盛りになっていて、僕が小銭をどこに乗せていいかまごつくふりをしていさえすれば、寛容に二つの手のひらをこちらに向かって立ててみせた。
そこで僕は娼家にでもやってきたように当惑しながら、ミノリのまぶたの上に順番に指の腹を載せてみるのだった。閉じ合わせた薄いまぶたの端に密生したまつ毛が震え、その下で、眼球は驚くほど敏捷に動き回っていた。その動きがあまり速いので、僕は叫び声をあげて飛びのき、ミノリの母親の甲高い笑い声を誘い出したものだ。
夢を見ているのよ、とミノリの母親は言った。この娘はね、長い長い夢を見ているの。
眠り始めてから一年がたった時、町の自治会はミノリを車椅子に乗せ、集会場前の広場まで連れ出して小さなセレモニーを開いた。
目覚めている時のミノリがどんなにすばらしい少女だったかを書き連ねた作文をクラスの同級生が読み上げている間、他の女の子たちはミノリを遠巻きに囲み、一年の間伸ばし続けている髪の毛が相変わらずしなやかでつやを失っていないことを嫉妬と羨望のこもった口ぶりで噂し続けたし、大人たちは大人たちで、ミノリの肌が青ざめていないばかりかほのかに上気してさえ見えることに驚き、口々に褒めたたえていた。にぎやかな催しを憎んでいたはずの叔父ですら、子供たちの肩の間から顔を突き出し、震えの止まらない手で何とかシャンパンをグラスに注ぎこもうと躍起になっていた。シェリー酒と幸福にすっかり酔った母親は、セレモニーの間に三回も足を踏み外してよろめいた。
誰もが上機嫌で饒舌だった。ただ、町の出身の赤い髪をしたソプラノ歌手がリヒャルト・シュトラウスの小さな歌曲を歌っている間だけ、みんなは緊張した顔つきになった。
ミノリが目を覚ましてしまうのではないかと思ったからだ。