第28期 #6
彼女の髪が僕の頬に触れる。彼女は僕を信頼したかのような表情で肩をあずけている。
まいったなぁと心の中で思う反面、こんな美しい人に寄りかかられるのは悪い気分ではなかった。
揺れる車内では、いつもの放送が流れている。もう僕が降りる駅に着くのだ。しかし、声も知らない彼女はまだ夢の中にいた。僕は駅で降りるかどうか一瞬迷ったが、答えは最初からでていた。もう僕は彼女の美しさに惹かれていたし、終電になるにはまだ時間があった。電車は僕を育てた街を通過し、彼女はまだ僕に安らぎを与えてくれていた。
彼女は一向に起きる気配はなく、彼女の香水の匂いは僕の記憶を刺激した。よく考えてみたら、女性とこんなに近い距離で一緒にいるのは久しぶりだった。琴美のとき以来だなとふと思う。琴美はよく僕の肩に頭を載せた。僕も琴美に寄り添った。
「なんかこれっていいよね。」
琴美はよくそんなことを言っていた。そんな時間がずっと続くと思っていた。琴美と別れた後、僕はまだ他の女性を愛せていない。
そんなことを考えていると、あと一駅で終点であることに気づく。一定のリズムで彼女が揺れる。僕は彼女を通して、琴美を見ている。彼女に失礼だなと思いながらも、僕は琴美のことを考えないわけにはいかなかった。
そして彼女と琴美の時間は終わりに近づく。終点に着くと、やっと彼女は目を覚ます。少し僕のことを見ていたが、まだ意識がはっきりしていないようだ。彼女に話しかけようかどうか迷ったが、僕は彼女より先に席を立った。電車を降りて、日常に帰る。時間が正しく流れ始める。
「あの・・・。すみません」
声に反応して、振り返ると彼女が立っている。
「・・か・・さ・・」
「え?」
「傘・・・。忘れていますよ」
「あ・・・ああ。」
彼女の手に触れ、傘を受け取る。彼女は歩き出す。僕に触れた髪をなびかせ、僕の横を通り過ぎる。香りだけが、その場に残る。僕は振り返り、彼女の背中を眺めた。
彼女が過ぎ去っていくと、僕は携帯を握り、琴美に電話をかけていた。