第279期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 偏りの採用 蘇泉 854
2 ナオのこと 佐山 884
3 小説生成のプロンプト euReka 1000
4 クリスマスキャロルな島 三浦 999

#1

偏りの採用

「なあ、知ってる? うち、A 大学の出身者はNGなんだって」

昼休み、蛍光灯がちらつく休憩スペースで、同期たちが声を潜めて話していた。

「聞いた。私、B 大学だけど、人事に言われたよ。
『B 大学は大歓迎。A 大学? ああ、書類で落とすよ』って。
いや、普通逆でしょ……って思ったけど、うちの会社だしね」

「まあね。昨日も先輩、深夜2時まで残されてたし……
“効率より根性”って張り紙が貼ってある会社だからね」

「そういえば、A 大学NGの理由、噂になってるよ。
ライバル会社の社長がA大だとか、社長の元妻がA大だとか」

「私怨で採用基準が決まる会社……。まあ、無きにしもあらずか」

天井の古い換気扇がうなる音だけが、やけに大きく聞こえた。

新人たちがため息を漏らすと、少し離れたコーヒーメーカーの前で
紙コップを受け取っていた副社長が、ふと一言だけ投げた。

「休憩はそこまで。午後のノルマ、今日中に終わらせろよ」

新人たちは一瞬で姿勢を正し、慌てて頭を下げる。

「す、すみません! すぐ戻ります!」

副社長は何も追加せず、無表情のまま去っていった。

「……やっぱ怖いわ、この会社」

「うん。誰が何聞いてるかわからないしね」

新人たちは小声でそう言いながら席へ戻った。

午後、薄暗い副社長室。
秘書が書類を持って静かに入ってくる。

「来季の採用リストです。
……A 大学の応募者、四名ほどいますが」

「“保留” で」

「毎年同じ指示ですね。理由は……伺いませんが」

「理由なんて要らない。この会社に合うかどうか、それだけだ」

秘書は短く頭を下げ、すぐに退出した。

外では誰かが叱責される怒鳴り声が響いている。
「数字が悪い」「言い訳するな」「明日までに修正しろ」
この会社の日常だ。

副社長はその声を聞きながら、静かに引き出しを開けた。

古い学生証が一つ。

青い表紙に、擦れてなお読める金の文字。

「A 大学」

副社長はそれを親指で軽く押し、
深いため息とともに引き出しを閉じた。

この会社にだけは――
後輩を入れない。絶対に。

蛍光灯のチカチカという音だけが、誰もいない部屋に残った。


#2

ナオのこと

 ナオといつも一緒にいたのは、高校二年生のときだった。ナオはわたしの隣に座っていた。ナオは背が高かった。ナオの長い脚は机の下で窮屈そうにしていた。ナオは考えこむとき、手を口にあてる癖があった。
 ナオの目を、いまでもよく覚えている。なにか警戒しているような目つきだった。警戒しているけれど、瞳は透きとおってきれいだった。はじめてナオと二人きりで話した日も、ナオは同じ目をしていた。
 ナオとの思い出は、ぜんぶ夏だった。まだ付き合っていなかったころ、二人で地元の大学のオープンキャンパスに行った。公開の講義を聞く人たちがあまりにもたくさんいて、わたしたちは教室のうしろで立ちながら講義を聞いた。ナオはやっぱり背が高かった。帰りは急に雨が降って、二人で一つの傘をさして歩いた。ナオは縮こまって傘のなかに入っていた。
 ナオに告白されたのは、花火大会の日だった。ナオはわたしの手を自分の胸に持っていって、自分がどれほど緊張しているか、心臓の鼓動を聞かせてくれた。わたしはナオのことを、ただ一緒にいて楽しい男の子だと思っていたはずだのに、告白された瞬間、涙がひとりでに流れた。嬉しかったのだ。大人になってから、おなじ花火大会に何度か行ったけれど、何年経ってもその日はナオに告白された日だった。
 ナオに傷つけられたことを、わたしはいまでもよく思い出せない。ナオといつも一緒にいたわたしのことを覚えている知り合いは、わたしとナオのことを話すとき、みんな苦々しく笑う。あのころ、わたしはナオしか見ていなかった。ナオが好きだったから、ナオの願いをかなえるのはぜんぜんむずかしくなかった。ただナオと一緒にいることが、この世のすべてだった。だからナオがわたしを捨てたとき、わたしはすべてを失った。信じたくなくて、何度もナオにすがりついた。そのたびにナオはますますわたしを突き放した。
 ナオにはもう、二十年以上会っていない。ナオじゃない人と、何度か恋愛をした。ナオより優しくて、ナオより大人な人たちだった。けれどその人たちとの恋愛が終わるたびに、わたしはナオがいなくなってしまったと思って泣いた。


#3

小説生成のプロンプト

 これから言う設定にしたがって小説を書いてください。

・この物語の主人公である「私」は、空に浮かぶドーナツのような雲の穴を眺めながら日課にしている愛犬ナナの散歩をしていました。

・しかし空をずっと眺めていたせいで、私は道に落ちていたバナナの皮に気づかず足を滑らせてしまいます。

・その瞬間、私の頭の中にキツネうどんとタヌキそばを誰かと交換するシーンが突然浮びましたが――――この描写はカットしてもOKです。

・次の瞬間目を開けると、私は道に転んだ私と似た誰かの顔をペロペロと舐めています。

・つまりバナナの皮で滑った瞬間に私と愛犬ナナは心と体が入れ替わったという、それです。

・「そんなバナナ!」と私は、人生で一度は言ってみたかったセリフを大声で叫びます。

・しかし犬になった私はワンワンと吠えるだけ。

・「あ、あの、ごめんなさい犬さん」と何の脈略もなく話し掛けてきたのは十代の少女です。「それはあたしが捨てた宇宙バナナの皮です。それで滑ると近くにいる生き物同士の心と体が入れ替わるバナナだから、絶対に捨てちゃいけないって宇宙小学校の一年生のときにも教わって……」

・なんだよそれと犬になった私は思いましたが、「じつは宇宙バナナの皮でもう一度滑ると、心と体が元に戻ります」と少女が解決策を話し出したので、それを早く言ってよ思いながら私はバナナの皮に向かって勢いよく走ります。

・「あ、でも宇宙バナナの皮で滑ると、じつは二分の一の確率で別の時間にタイムスリップしてしまうので……」と少女は追加の説明をしますが、私はすでにバナナの皮で滑っているところで、もうどうにも……。

・ここで、ぐ、ぐわわーと時空がゆがむ感じを上手いこと言語化してください。

・「すみません! どうやらあたしたちタイムスリップしたかも。つい五分前に――――という“やってしまった感”も上手く言語化してほしいの」と少女。

・私の目の前には自分と同じ顔と姿をした人物がいます。

・「これはタイムパラドックスです。世界が崩壊します」と少女は言って肩を落としますが、よく見るそいつは近所に住んでいる私の双子の弟だし、私も人間に戻っています。

・「あれ、さっきまで異世界にいたのに、ここは元の世界なのか!」と双子の弟は叫びます。「異世界で何度も書き直した小説生成のプロンプトでやっと元の世界へ戻れる世界線になったんだよ、兄さん! 次はこの糞プロンプトから抜け出す方法を……


#4

クリスマスキャロルな島

 海にいるはずだが鈴の音が空から降ってきた。
 神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
 海は大時化。青年が乗る船は雪のでこぼこ道を走る橇のごとく揺れに揺れた。
 目を覚ました青年は見知らぬ浜にいた。
 私は忙しいんだ。寄付するつもりもないしお前と夕食を共にする気もない。明日は休んでもいいが次の日はいつもより早く出勤するんだぞ。
 分厚い帳簿に細かい字で何やら一生懸命に書き込んでいる老齢の男が険しい表情で青年に言った。
 いやいやいや。待て待て待て。お前は死んだはずでは。それに鎖に繋がれて。
 (青年は奴隷として買われたところだったので両手両足を鎖で繋がれていたのだ)
 青年が何か言う前に男が口を開いた。
 なになになに。金の亡者の死後は悲惨な末路だと。何を言っている。精霊? 何を……
 そこで男はぴたりと動きを止めてしまった。目を開いたまま空を見上げ、口をぼんやり開け、しかし短く浅く息を吐いて吸う音が聞こえ、男の時間が停止したわけではなさそうだ。
 青年は男をそこに残し、まずは鎖を外す算段をつけて外し、それから高い所を目指すと、ここが小さな島であることを知った。
 その時、軽やかな鈴の音が聞こえた。
 ぐるり島を巡り日没近くに浜に戻ると、どこから運んだのか木製の机と椅子が置かれ、机の上には湯気を立てるご馳走が並べられているのが見えた。
 机を挟んだ一方の椅子に腰掛けた男が青年に気づき、
 これはこれはどうもいらっしゃい。あなたと夕食を共にしたいと思いましてご用意させてもらいましたよ。そうそう。あなたに寄付をしたいのです。それに給金も増やしましょう。いえいえいえ。遠慮はいりません。私がそうしたいのですから。
 男が料理を甲斐甲斐しく皿に取り分けながらさらさらと行儀のよいおしゃべりを続けるので青年は何も言うことができない。
 何も言えないままご馳走を平らげた頃、辺りはすっかり月に煌々と照らされた明るい夜に包まれていた。
 そこへ、何やら楽しそうな賑やかな男たちの声が風に乗ってやって来て、しばらくして大きな船が近くに停泊した。それから何艘もの小船が青年と男がいる浜に上陸し、屈強な船乗りたちが当たり前のように宴を始めた。
 その晩は、青年も男も大いに楽しんだ。
 夜が明けて、青年は船に乗せてもらえることになった。
 男は乗船を断った。ここでやることがあるのだという。
 その時、軽やかな鈴の音が空から降ってきた。


編集: 短編