| # | 題名 | 作者 | 文字数 |
|---|---|---|---|
| 1 | 記憶のカルテット | OS | 1000 |
| 2 | 宇宙一方観察 | 蘇泉 | 567 |
| 3 | 神々の御座す島 | 三浦 | 831 |
| 4 | 優しい幽霊 | euReka | 1000 |
バロック音楽が流れる朝、扇風機が話しかけてきた。男がレコードに針を落とし、妻と雑談していた時だった。
「はい、何ですか?」
人間の声で問いかけられ、二人は言葉を失った。買ったばかりの扇風機は音声センサー付きだが、雑音で誤作動もする。野山遊びの幼少期からは想像をこえたテクノロジーの進歩である。
その後も、資料を音読していると声が割り込んできた。
「どうかしましたか?」
煩わしさから、扇風機のICチップをパソコンに繋ぎ、「温度を下げる」というキーワードを書き込んだ。それ以降、声は止んだ。
ある日、友人にオウムの世話を頼まれた。在宅勤務の彼はすぐに頷いた。熱帯特有の鮮やかな羽と空洞のような瞳に、男も妻も心を奪われたのだ。
「お話するのさ」
「可愛いわね」
鍵のような嘴で豆をついばむ姿も愛らしい。
妻が出た後、リビングでパソコンを起動し、AIを開いた。
オウムを肩に乗せて「今日も暑いね」と声をかけると、同じ言葉を復唱した。まるで男の声だ。
鳥は翼を広げ、ゆっくりと机上へと移動し、歩き回りながら再び言った。
「今日も暑いね」
AIのマイク表示は点滅し、扇風機は待機モードに入っている。
男はその声がAIに拾われたらと一瞬よぎったがすぐ打ち消し、お茶を淹れに台所へ向った。
しばらくすると、オウムの声が繰り返し聞こえてきた。
「今日も暑いね! 今日も暑いね!」
模倣とは思えないほど切迫感が増してゆく。彼は不審に思い、台所から振り返ると、オウムが風に煽られていた。
羽を逆なで、全身を縮めながら叫ぶその様子に、AIが応答している。
「温度を下げた方がいいです」
「気温を下げます」
扇風機がそれに応じ、風量を上げる。気付けば、部屋から刺すような冷気が放出されている。
助けに向かう、その時。オウムの瞳に何かが映ったように見えた。どこまでも広がる青空と森林、風の匂い。両親や兄弟と笑いながら、木々をぬって追いかけ合う姿。それは男の原風景か、どこかで見た映像か、鳥の記憶か──知るすべはない。
ただ、それらが崩れ去るようにオウムは苦しげな表情に変わってゆく。
凍える鳥を胸元で温め、急いで別室へ移った。彼の手に小さな鼓動が伝わってきた。鼓動の波紋が広がってゆく。それは確かにここに在った。
まるで四重奏のようだと男は思った。AIが指揮を取り、扇風機がリズムを刻み、自分の体を通じて鳥のかすかな旋律が聞こえたのだ。
2123年。
人類はついに「宇宙一方観察システム」の開発に成功した。
それは、どんなに遠い惑星でも観察できるという、とんでもない技術だった。量子通信を利用し、到達不可能な距離の惑星を、まるで目の前のように精密に観察できる。しかし――観察はできても、干渉はできない。信号を送ることも、通信することも不可能だった。
しかも観察される側には、その事実を知る術がない。
2127年、観測チームは「B359」と呼ばれる惑星に文明を発見する。
そこには人類によく似た生物が暮らし、国家を築き、言語を持ち、産業を発展させていた。文明のレベルは、地球の二百年前ほどだ。
研究者たちは最初こそ熱中したが、やがて退屈を覚えた。
何せ、見ているだけで、何もできないのだから。
そんなある日、B359の住民が「チキンレース」という競技で盛り上がっていることが判明する。二台の車が崖に向かって突っ走り、先にブレーキを踏んだ方が負ける――あの古典的な命知らずの遊びだ。
その映像を見た研究員の一人が、冗談のように言った。
「これ、賭けに使えないかな?」
冗談は現実になった。
「B359チキンレース・オッズシステム」が誕生したのだ。
観察は一方通行。
惑星間通信は不可能。
つまり――このギャンブルには、八百長が絶対に存在しない。
人類史上初めて、100%公正なギャンブルが実現した瞬間だった。
海から見る空は海と同じく漆黒の闇に覆われていた。
神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
海は大時化。青年が乗る船は嵐に見舞われる小舟のごとく揺れに揺れた。
目を覚ました青年は見知らぬ浜にいた。
神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
もう一柱の神は言った。私に指図するな。
はじめの神は言った。おまえに言ったのではない。
もう一柱の神は言った。何故、里に帰してやらぬのだ。
はじめの神は言った。うんぬんかんぬん(青年には聞き取れなかった)。
もう一柱の神は言った。そんな理不尽な理由でか。
はじめの神は言った。おまえにはわからぬのだ大地の神よ。
もう一柱の神は言った。わからぬ。人間が気の毒だ。
すると大地が震え始めた。
もう一柱の神は言った。人間よ。里の方角を指差すがよい。
青年は(方角と言われてもまったく見当がつかなかったが)海が広がる方角を指差した。
すると大地の震えが大きくなり、浜が盛り上がってたちまち隆起し、大きな赤い目玉のような火口が姿を現した。
火口からはどろどろと続々とマグマが海に向かって流れ出し、じゅうじゅう音を立てて煙を吐きながら黒い地面が海面に生まれていく。
もう一柱の神は言った。人間よ。道をつくってやろう。しばし待て。
はじめの神は言った。そうはさせぬ。
すると穏やかだった海が荒れはじめ、高波がマグマに向かって何度も何度もぶつかり、直進しようとするマグマの方向を変えていく。
もう一柱の神は言った。うぬぬ。小癪な。
かくして海の神と大地の神の小競り合いがはじまった。
この争いは数千年続いたが、人間側に詳細な記録は残されていない(この頃には、一般に『神の足跡』と呼ばれる列島が生まれている)。
ところで、奇しくもこの出来事の発端となった青年は、二柱の神々がぐぬぬふぬぬと戦っている間、流れ着いたこの島内で気ままに暮らし、一年後、戦場の反対側の浜に漂着した商船の乗組員と出会い、さらに半年後、商船に乗って島を脱出している。
彼女はいつも、ぼんやりしている。
大抵は、近所の海辺をうろうろしているだけで、まるで幽霊みたいだから誰も近寄らない。
「○○には絶対に近寄ったり、話し掛けたりしてはいけないよ! あの女は、油断した子どもを捕まえて食べるからね!」
近所の子どもたちは、皆、親からそう教えられる。
だから、彼女の姿を見ると怖ろしくなって、遊ぶ気も失せてしまい、家に帰って仕方なく学校の宿題をしたりする。
「○○は子どものとき変な男に襲われてね、その、女の春を奪われたんだってさ」
親たちの会話をこっそり聞いても、子どもの私には意味がよく分からなかった。
「あの女の人生は気の毒だけどさ、頭が変になった女に近所をうろうろされたら、こっちが迷惑するよ。町内会長さんも警察に掛け合ってるみたいだけど、人権があるとかでさ……」
「そういえば○○って子どものときね、お姫様みたいに可愛くて、芸能界に誘われたって話を聞いたことがあるな。今じゃただの幽霊みたいで、見る影もないけど……」
私はただの小学生でしかなく、○○を見かけたらすぐに逃げるようにしていた。
でもあるとき、海辺で小さな蟹を捕まえたりして遊んでいたら、突然、後ろに○○が立っていることに気づいた。
私は腰を抜かし、一瞬で、女に食べられるのを覚悟した。
「驚かせるつもりはなかったの。でも潮が満ちてきて、君がこの岩場に取り残されていたから助けにきたの」
周りをみると、確かに潮が満ちたせいで自分のいる岩場が島みたいに孤立している。
「この岩場で夢中になっている人を見かけたのは、君で三人目かな。他の二人は大人だったから放っておいたわ。日が暮れないうちに帰りましょ」
○○は子どもの私を抱きしめ、びしょ濡れになりながら、私を陸まで運んでくれた。
「な、な、なぜ、ぼくを食べないのですか?」
私は、彼女にお礼をいうべきだった。
「わたしは君を助けたかっただけ。迷惑だった?」
「あ、あなたは頭が変で、ただの迷惑な人なのになぜ生きているのですか?」
「わたしは、噂とは違って誰にも犯されてないよ。ただ、この世の中が嫌になったから、毎日海辺を歩いていただけ」
「あなたは、幽霊じゃないんですか?」
「まあ、幽霊でも何でもいいよ。それより早くおうちに帰りなさい」
彼女は、私が中学生になる頃には姿を消していた。
噂では、大富豪と結婚したとか、小説家になったとか、月へ行ったとか、いい加減な話ばかりだ。