# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | とはいえただのみかんです。 | 荒井マチ | 198 |
2 | 柔らかい力 | OS | 1000 |
3 | 木曜日にやってくる猫 | 蘇泉 | 657 |
4 | 貝がいる島 | 三浦 | 994 |
5 | 宇宙人のいる風景 | euReka | 1000 |
「ただのみかんです!」
只のだったっけ?唯のみかん?漢字逢ってる?
まぁいい!ここの若者を元気付けてやるんだ!
「そんなに腐るな!君は腐った蜜柑じゃないんだ!」
私の部下は言いました。
「じゃあ、なんなんですかボクぁ。」
言葉の調子がおかしい。どうにもカタカナで聞こえる。
でも言ってやろう。本当の隙間感を
「君は腐った蜜柑じゃない。ただのみかんなんだ!」
私の部下の若者は潔く
「ハイ!」
と言った。だから良いのだ。
「男のくせに気持ち悪い」
父の声がロッカールームに響いた。その言葉にチームメイトは曖昧に笑った。体が凍り付き、ぬいぐるみキーホルダーを咄嗟に隠した。手からはみ出した●×●が哀しげに微笑んでいる。
父の率いる少年野球チームで僕たちは負けた。僕が責められる役割だった。誰よりも強くならなければ。朝練は真っ先に行き、練習中は怒鳴られ、夜は自主練。母も姉も黙っていた。
お小遣いで買った●×●は唯一の味方だった。目が合うと笑い、悲しい時は涙を吸い込んでくれた。あの日、その親友を捨てた。笑ったままゴミの中に埋もれていった。強くなるために必要な筈…だった。
試合の9回裏、逆転のチャンスが巡ってきた。バッターボックスの地面を強く踏み込む。バットを振ろうとした瞬間、ベンチから父の激が飛んだ。ぐらり視界が揺らぎ——目を覚ますと僕はベッドの中にいた。
天井を見ながら外の音を何年も聴いた。家族の喧嘩する声や下校をする学生の笑い声。●×●を友達を味方を捨てたから、罰が当たったんだ。熱いものがこみ上げて堰を切ったように泣いた。
通りかかった姉が驚いてドアを開けた。猫の…とつぶやく僕にぬいぐるみを渡した。古くていびつ…汚い臭い。
「名前は?」
「チュンダだよ。気に入った?」
「変な名前」
人と話したのはいつぶりか。姉はそれ以上何も言わなかった。チュンダに触ると温かなものが体に流れた。張り詰めていたものが解け、なぜか起き上がることが出来た。細くなった足で部屋を歩く。息切れした。
しばらくすると、柔らかさに包まれたくなった。着ぐるみを着たり、女装してみる。
ふくらむ ふくらむぼくが ふくらむそとへ あねのこえが ちぢむ ちぢむくちびるに るーじゅが るーじゅがこぼれて ますからますから まつげながれ たっぷりとける とけるぼくは まるく まるくつつまれ ぼくじゃないぼくが ふくらむ
廊下に出てみた。父がいた。痩せ細り小さくなっていた。目が合うと、驚きとともに少しおびえた顔をしたが何も言わなかった。バットはカバーバックのまま、玄関に置いてある。 心が痛い…けど——。
怪訝な視線をぬってハイヒールで街を歩く。捨てたはずの●×●は今も呼吸してる。僕の中で静かに、でも確かに。体の奥で膨らみ溶けながら、膨張し続けて僕の形を変えていく。僕を、世界を、優しさで包み込むために。
毎週の木曜日に、猫がやってくる。
在宅ワークを始めてもうすぐ一年。生活は規則正しく、午前9時に仕事を始め、午後5時に終わる。そのあと夕飯の支度をし、週末は休む。そんな毎日を淡々と続けてきた。
けれど、半年前から奇妙なことが起きるようになった。木曜日の午後4時ごろになると、決まって小柄な三毛猫が窓の外に現れるのだ。静かにうろうろして、気づけば消えている。ほかの曜日にはまったく来ない。
最初は不思議で仕方がなかったが、だんだん慣れてしまった。むしろ猫の姿を見るたびに「今日は木曜日か」と思うようになった。まるで週のカレンダーを猫が知らせてくれているようだった。
しかし、なぜ木曜日だけに現れるのかは分からないままだった。
ある日、近所のスーパーに買い物に行ったとき、定期セールのチラシをもらった。曜日ごとに割引品が変わるという。目を通してみると、木曜日は「ペット用品割引」とある。あれ? と思った。
後日、たまたま木曜日に休みが取れたので、様子を見にそのスーパーへ行ってみた。すると入口近くで、若い女性が猫缶を買っては店の脇に並べているのが見えた。野良猫が次々にやってきて、それを食べている。
「あの……どうして木曜日に?」と聞くと、彼女は笑って答えた。
「木曜だけ猫缶が安いから、ついでに野良たちにあげてるんです」
――つまり、あの三毛は“私の部屋の前を通ってから、スーパーに出勤していた”というわけだ。
それを知ってからというもの、木曜4時になると私は猫を見るたびこう思うようになった。
「お疲れさま、今週も安売りシフトご苦労さん」
海から見る空には島のように孤立してまたたく大きな星があった。
神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
海は大時化。青年が乗る船は御者があおる杯のごとく揺れに揺れた。
目を覚ました青年は見知らぬ浜にいた。
おい、と男の声がした。
青年が声の行方を辿ると、二枚貝に行き着いた。
悪い魔法使いの仕業により今はこのような無様な姿を晒しているが私は北の王国の王子なのだ。
と二枚貝は語った。
青年が黙っていると(二枚貝の話が続くのだろうと待っていたのだ)、
驚かないのか。こいつは阿呆か賢者に違いない。呪いを解くのを手伝ってくれ。
青年はうんともすんとも言わずに二枚貝を掌に乗せてやり、彼の話にじっと耳を傾けた。
解呪の方法とは、まず手頃な器を用意し、それを目一杯海水で満たす。そしてそれを一度全部捨てるのだが、捨てる場所には決まりがあり、ここから見える火を噴く山の頂上にある炎の池に捨てなければならないとのことだった。
それからも工程は続くらしいが、海水を捨てるだけでも骨が折れそうなので一旦捨てるところまでやってみることになった。幸運にも、器は青年の頭にあった(難破した際、厨房に忍び込んでいた青年はスープを平らげたばかりの器を咄嗟に頭にかぶったのだった)。
器を満たす際はどこの海水でもよいと言われ、青年は早速ずぶ濡れの体で海に入り、器に海水を満たして戻ってきた。
満たしたまま山のてっぺんに行くのですか?
青年が尋ねると、二枚貝は、
ああ、まあ、そうだろう。私もよくはわからん。失敗してもまたやり直せばよい。
と答えた。
青年が危惧した通り、器からは少しずつ海水が漏れ出た。しかも二枚貝がまったく道を知らないものだから青年は散々歩きに歩かされ、ようやく山道の入口に着いた時には日が傾き始めていた。
今日はもう引き返しませんか?
器の半分にも満たない海水の中に浮かぶ二枚貝に青年は言ったが、二枚貝は、
まあ、やるだけはやってみよう。失敗してもまたやり直せばよい。
と答えた。
青年はうんともすんとも言わずに山道を登っていった。二枚貝は、
賢者はこんなに頑健ではない。こいつは阿呆なのだな。
と頭の中で考えていた。
そんなこんなで山頂に到着した時には青年の意識は朦朧としていた。
であるからして、青年が二枚貝ごと器の海水を火口に投げ入れたとしてもそれを誰が責められようか。
いや、できまい。
肩をポンポン叩かれて振り返ると、ニッコリした女性の顔が見えた。
「○○君でしょ? 後ろ姿が小学生のときとぜんぜん変わってないからさ」
私は、首を傾げながらとりあえず愛想笑いをした。
「ほら○○小学校で三年生のとき、わりと近所だったから一緒に学校から帰ったりしてたじゃない。あたし転校生で半年ぐらいしかその街に住んでなかったけど」
私の名前も出身の小学校の名前も合っているから、彼女の話はきっと本当なのだろう。
「すぐ近くに、あたしのやってるタコ焼きの店があるから寄ってってよ」
どう断わろうかと考えているうちに彼女に腕を掴まれてあらがうことができず、気づいたときにはソースの匂いが漂うこじんまりとした店の中にいた。
「バイトの子は宇宙人だけど、地球人の子より五倍ぐらい仕事ができるからさ、安心して店を空けられるんだよね」
最近は宇宙人を雇う会社が増えているというニュースを何度も見ていたから驚きはしないけれど、見た目はよくいる日本人と同じだということにむしろ驚いた。
「接客業で採用される宇宙人はね、みんな見た目が自由に変えられるタイプなのよ。だから、彼らが宇宙人だって気づかれることはあまりないかもね」
そんなことを彼女と話していると、バイトの子の手がにゅーと伸びて、テーブルの上にほかほかのタコ焼きが運ばれた。
バレバレじゃない?
「まあうちはほら、人手が足りないから手が長く伸びてもいいことにしてて」
この店は店内でもタコ焼きを食べられるスタイルで、何組かの客がテーブルに座っていたが、手がにゅーと伸びても誰も気にする様子はない。
「ほら、冷めないうちに食べてよ。毒なんか入ってないからさ」
最近タコは宇宙人だったという話が広まっていて、私はタコを食べる気にはなれず、苦笑いしながら店を出た。
「あなたに会えて本当にうれしかっただけなの。でも無理やり店に連れてきてごめんなさいね」
彼女の店を出てから、私は、なんだか子どもの頃とくらべて冷たい人間になっちゃったかもなと考えた。
他人をすべて疑うようになってしまった人生って、なんだか寂しいなと。
「あれ、○○君だよね?」
そう声を掛けてきたのは耳が長くて頭に触覚のようなものが生えている、いかにも宇宙人のようなやつだ。
「いろいろあって今は宇宙人やってるんだけど、高校時代が懐かしくなってつい声をかけちゃって」
ああ、そのしゃべり方は田中か?
「いや、吉田だけど」