# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 大学進学 | 蘇泉 | 632 |
2 | 木曜日の沼男 | なこのたいばん | 611 |
3 | 不思議なアリスの国 | euReka | 1000 |
4 | 巨人の住む島 | 三浦 | 1000 |
「優くん、卒業したら都の大学に進学するの?」と眞が聞いた。
「うん。都の大学に受かったんだ。大学に行ったら、やりたいことがいろいろあるんだよ」と優が答えた。「眞は?」
「私は地元で就職することになったの。親にそう言われて……」眞は少し落ち込んだ表情を見せた。「大学では何をやりたいの?」
「そうだな、いろんなサークルに入って、ゼミも二つ取りたいし、インターンシップもやってみたい。アルバイトもたくさんして、その経験を生かしてYouTuberにも挑戦したいんだ。そして将来は外資系に入りたい。その大学なら、いろいろ挑戦できると思うんだ」
わくわくと語る優の姿を見ながら、眞の顔には寂しさが浮かんでいた。
「そっか……それなら忙しくなりそうだね。もうあまり会えないかもしれない。せめて三月に、もう一度会おう」
「いいよ」優はそう答えた。
――桜の季節が過ぎ、やがてゴールデンウィークも終わった。ある六月の平日、退勤した眞は街で偶然、優に出会った。
「えっ?」眞は驚いた。「都にいないの? 何かの休みなの?」
優は笑って答えた。「いや、最近は実家暮らしなんだ。あまり外に出かけてなかっただけ」
「どうして? もしかして退学したの?」と眞が尋ねると、
「え? 俺、通信制大学だよ。だから今はサークル活動やりながら、バイトもして、YouTuberもやってるんだ。来月には海外の外資系でインターンシップがあるから、その前に実家で荷物の整理とかしてるんだよ。あれ、言ってなかったっけ?」と優は答えた。
息子とあたしは毎週木曜夜11時になると情報バラエティを見る。それぞれ推している女性アイドルと若手イケメン俳優が目的だ。
番組が始まるとシーフードヌードルを2つ用意してあたしがお湯を沸かすのがルーティンになっている。
特に会話をすることもなく番組が終われば「おやすみ」とだけ言って自分の部屋に帰って行く。残ったスープを流しに捨てて木曜日の夜はなんでもなく終わる。
中学の卒業式の次の日息子は金髪に染めてきた。旦那に似た細い目とニキビ面には似合っていなかったが、「かっこいいじゃん」と言ってやった。
それからは少し様子がおかしい。お決まりのシーフードヌードルは自分のバイト代であたしの分まで買ってきて「お湯いる?」と聞いてくる。いるに決まっている。自分の分を食べ終わると私が食べ終わるのをチラチラ見ながら待ってあたしの分のもスープを捨てて「おやすみ」と言って自分の部屋に帰っていく。
最近は木曜日の夜に帰って来なくなることも多くなった。それでも不定期的に2人の木曜日は、やってくる。ある木曜日はスープを捨てる息子を見て私がニヤニヤしていたらしい。「気持ち悪りぃな」と言って自分の部屋に帰っていく。
ここのところお腹が出てきたのは年を取ったのと夜中のシーフードヌードルが悪いのはわかっている。ただカレンダーが木曜日に近づくとなんだかソワソワしてしまう。
「悪い男になったもんだぜ。」
自分の息子ながらそう思う。女ってそういう男に昔から弱いんだ。
少女に名前を聞くと、アリスだと答えた。
不思議の国のアリスのような白いエプロンをしているので、かなり怪しい。
「わたしはただのアリスです。そんなタイトルの物語なんて読んだことがありません」
グリム童話などは?
「グリム知りませんが、グリルチキンなら昨日食べましたけれど」
警察を馬鹿にするような態度や、〈物語〉という単語をあえて使ったりすることから察するに、少女はたぶんファンタジー主義者だ。
署に戻ると、私は先ほど逮捕した少女を、怖い顔をした尋問官に引き渡した。
報告書を書いてタイムカードを押した後、三日ぶりに家へ帰ることができた。
さらに有給休暇を利用して三日間の休みが取れたから、まず一日目は、何も考えずダラダラ過ごすことにした。
アニメの秘密サイトへ行って、気になっていた作品を一気に十二話分観ながら缶ビールを三本飲んだ。
休日二日目は、私が逮捕した少女を救い出すことにした。
私が警官の服装をして、警察による尋問の必要があるからと責任者に言うと、すんなり少女を留置所から出すことができた。
万が一に備えて催涙スプレーを用意したのに、使う機会がなかったのは少し残念だ。
「誰か知らないけど、助けてくれてありがとう……ってあなた。わたしを逮捕した警官じゃないの?」
まあそうなんだけど、一度こういう姫を救い出すみたいなこと、やってみたかったんだよね。
「つまりわたしは、あなたの趣味に付き合わされたと?」
でも君のようなファンタジー主義者はね、私が逮捕しなくてもいずれ他の警官に逮捕されていただろうし、最悪の場合、死刑になっていたと思うよ。
休日三日目は、少女と一緒に両親の住む田舎へ帰った。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら、金髪で青い目の女の子を連れてくるなんて。お前、大丈夫かい?」
まあ大丈夫じゃないし、いずれ少女も私も、ファンタジー主義者として逮捕されるだろう。
「よく分からないけど、お前が帰ってきてくれて母さん嬉しいよ」
さあこれからどうするかだけど、少女は疲れ切って眠っている。
きっと警察もすぐにここへ来るだろうから、私は真夜中に少女を背負って、子どもの頃よく遊んだ洞穴へ行った。
「お待ちしていましたよ。もう十数年ぶりでしょうか」
洞穴には、ランプを持ったキツネがいて、奥へ案内してくれた。
「本物の、不思議なアリスの国さんを連れてくるなんて、あなたって人は」
不思議の国のアリスね。
海から見る空には砂漠の砂粒ほどはあろうかという星がまたたいていた。
神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
海は大時化。青年が乗る船は御者があおる杯のごとく揺れに揺れた。
目を覚ました青年は見知らぬ浜にいた。
浜には人けがなく人工物も見当たらない。
青年は目の前の森に分け入った。
急に森が開け、大きな洞穴があった。
そこには一つ目の巨人がいた。
ここに何をしにきた。
巨人が使う言葉は青年の国の言葉だった。
難破したのだ。ここにいるのはきっと私だけだろう。
巨人は、そうか、というように頭を振ると、
お前はだから裸なのだな。
と言った。
巨人は青年を狩りに誘い、槍を貸してくれた。槍は青年に丁度よい大きさだった。
森には、鹿に似た獣、狼に似た獣、熊に似た獣がいた。巨人は熊に似た獣ばかり、住居ほどもあろうかという腰に提げた籠の中に放り込んでいった。
ケミは美味い。スキやカカキムも美味いが、今はケミだ。
洞穴の前に腰を下ろした巨人は上機嫌で語りながら、熊に似た獣の頭を片手で捩じ切り、背を丸めて獣の皮を丁寧に剥がしては地面に一体ずつ一列に並べ始めた。
十三体すべて並べ終わる頃には日が暮れ始めていた。
裸の青年はというと三体目あたりから独りで狩りに出て鹿に似た獣を仕留めていた。
裸の青年は火を起こせそうな石と火が点きそうな枝を集めて巨人の前に戻ってきた。十体目が終わったところだった。
青年が鹿に似た獣の下処理を終えたのは巨人が熊に似た獣の下処理を終えたのとまったく同時だった。
裸の青年がふうふう頑張って火を起こしている目の前で、巨人は洞穴の中に手を突っ込み人間の形をした石像を取り出した。
巨人がその石像を下処理の済んだ肉の上で小さく振るように動かすと、ぼふぅ、と音を立てて肉から煙が立ち上り、煙が晴れて現れたのは、こんがり焼けた獣の肉だった。
そうして巨人が残りの十二の肉にも同じ動作を繰り返す姿を眺めながら裸の青年は、巨人が握る石像の手に石ではない杖が握られていることに気がつき、とある御伽噺を思い出していた。
かつて青年の国は魔術師に支配されていた。ある時、王である父を魔術師に殺された王子が謀反を成功させると、魔術師を自身の杖の力により石の姿に変え、巨人が暮らす島の洞窟に封印したのだという……。
しかし巨人に勧められた肉を頬張り始めた青年は御伽噺のことをすっかり忘れてしまった。