# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 宇宙人 | 蘇泉 | 821 |
2 | 坂の下の中華屋 | OS | 1000 |
3 | 「野球帽」 | 飯島和男 | 842 |
4 | 砂漠に隠された財宝 | 三浦 | 986 |
「すみませんでございますが……」
後ろから女の子の声が聞こえた。
「はい?」
振り返ると、目の前にはとびきり可愛い美少女が立っていた。年の頃は18〜20歳くらい。大学一年生といったところだろう。誰が見ても「可愛い」と思う、ごく普通の美少女だ。
「どうしたの?」と私が聞くと、
「あの、すみませんでございますが、わたくしどもは宇宙人でございます。このたび春の折、貴方さまの地球へ参りました。あ、あの……」
彼女は緊張しているようだったが、どうやらちょっと頭のおかしいタイプの美少女らしい。
「宇宙人? 君が?」と私は訊ねた。
「はいでございます!!」
少女は少し興奮気味に言った。
「吾輩は宇宙人でございます! 地球へ参りましたのでございます! ゆえに、地球のお主にお伝言をお伝えしていただけますかとご存知上げます!」
――なんだこの敬語は。
「え……」私は混乱しながらも、なんとなく事情を理解しようとした。
「本当でございます! わたくしは本物の宇宙人でございます! 我々は皆、このような姿をしておるのでございます! 決してただの弱き女子ではございません! 地球の言語に翻訳する際、最も適した表現形態として、日本語の“敬語”を選択したのでございます!!」
突然、近くを通りかかった地元の警察官が声をかけてきた。
「ちょっと君、どうしたの? 何かトラブルでも?」
「いえ、あの……この子、宇宙人なんです」と私は正直に言った。
すると美少女もすかさず言った。
「そうでございます! 警察殿! わたくし、宇宙人でございます! 今ちょうど、地球のお主とファーストコンタクトを試みていたところでございざんす!」
警官は目を丸くしてから、無線で誰かに連絡を取った。
「……はい、例の“敬語型”のやつです。保護班、至急お願いします」
「え?」私が呆気にとられていると、警官はため息をつきながら言った。
「今月で3体目です。どうやらあの星、Google翻訳だけで地球語覚えたらしいですよ」
ドサッ
棚の上のものが落ちた。ここ数日、地震が続いている。
今日は不気味なほど静かだ。平日の昼過ぎの時間、閑静な住宅街では人気がない。空は澄みきっている。私はゴーストタウンになった小高い丘を歩く。
右側に急勾配の坂がある。垂直に近い。周囲を確認する。誰もいない。よし!息を整える。全速力で下る。身体のバランスを保つ、スリル。新記録樹立である。ほくそ笑む。
降りた先に小さな中華屋がある。以前から興味があった。赤いのれんが目を引く。躊躇していたが、記念に入ろう。
散歩で汚れた足を玄関マットでふく。店内は簡素でカウンターと椅子が数席。この時間帯は客はおらず、ガランとしている。床が油まみれであまり清潔とは言えない。
だが、厨房から食欲をそそる強烈な匂いがする。何を頼もうか。気持ちが抑えきれない。
ラーメンは醤油もいいが味噌もいい、コーンやもやしひき肉たっぷりにバターをのせて。シンプルな醤油にチャーシューもいい、その場合は肉汁あふれる餃子か、えびと卵のチャーハンを頼みたい。
カウンターにも厨房にも誰もいない。
「すみませーん」
大声で呼ぶが応答がない。
準備中だったのか? しかし、営業中と看板にあった。店主は何か買いに行ったのかもしれない。先ほどの挑戦で空腹は極限に達している。ひどく腹立たしかったが、次回の楽しみとしよう。店を出ようと踵を返す。
ん? 動かない。先ほどの疲労のせいか、足が重くおぼつかない。ぬかるみのようだ。――いや、油だ。
床に広がるそれが、足元を絡めとっていた。強粘着の、溶けた飴のようなもの。ふくらはぎまでべっとりと纏わりつき、もがけばもがくほどに、深みに嵌り、完全に動きを封じられた。何たることだ。
外から子供の悲鳴と甲高い叫び声がきこえる。
「お母さん、一匹かかってる」
巨大な眼球達が窓をギョロリと取り囲む。
そうだ、私はゴキブリだった…。
台所に垂直に仕掛けられたゴキブリホイホイにかかった一匹。幼児と母親はしばらくの間、それを覗きこんだ。怖い、気持ち悪い、パパにも見せたいなど、会話をしながら。
カーテンがゆらぐ。親子の部屋の窓から巨大な目が覗き込んでいるとも知らないで。
上空から声がする。
「イツマデ、ミテル。カンサツ、オワリ」
「モウスコシ」
透明な手がぬっと現れ、親子の入った箱を揺らす。何度も。地面が震えた。
「ママ、また地震。怖い」
ア、コガナイタ。
上野駅。
京浜東北線から地下鉄浅草線へと乗り換えるあの通路の途中。
ガード下のガードレール際に、小さなホームレスのおばあさんが、いつからか座っていた。
小柄で、野球帽をかぶっていた。
その帽子が妙に似合っていて、どこか愛嬌のある顔立ちが、記憶に残っている。
通勤のたびに彼女の前を通り過ぎる。
気づけば私は、彼女の姿を目で探すようになっていた。
「何かしてあげたい」と思いながらも、私はなかなか動き出せなかった。
一度だけ何かを渡して、それで終わってしまうなら、それはただの自己満足ではないか。
継続的に助けることができないのなら、中途半端な善意は迷惑になるのではないか。
そんなふうに考えては、何もせずに通り過ぎる日々が続いた。
そして、あの冬いちばんの寒さがやってきた日——。
地下道には、段ボールと毛布にくるまった多くの人たちが、肩を寄せ合って寒さをしのいでいた。
その光景に胸を突かれた私は、ようやく動いた。
コンビニで温かい飲み物と使い捨てカイロを、できるだけたくさん買い込んだ。
地下道を歩きながら、ひとりずつに手渡して回った。
野球帽のおばあさんは、眠っていた。
私はそっと声をかけ、起こして、飲み物とカイロを差し出した。
そのとき——
おばあさんは、ふっと笑った。
ほんの一瞬、雪が舞うような、小さな笑顔だった。
それが、私が彼女を見た最後だった。
その後、どれだけ上野を通っても、もうあの場所に野球帽の姿はなかった。
あの笑顔が、ほんの少しでも温かさや安心につながっていたのなら——
それで十分だと思えるようになった。
誰かを思う気持ちが生まれること。
それはきっと、年齢に関係なく、自分の中にある“生きている実感”を確かめる行為なのだろう。
「何かできるかもしれない」と思えたあの日の気持ちは、
今も私の中に、そっと残っている。
それは、あの野球帽の下で微笑んだ、ひとりの小さなおばあさんが、
私の人生にそっと残していった、忘れられない贈りものだった。
砂漠のどこかに財宝が隠された洞窟があるのだと少年は友人から聞いた。
そして友人は確かにその洞窟を見つけ確かに財宝を手にしたのだが洞窟から出た途端に財宝は砂に化けて崩れ落ちたので手元には無いのだと話した。
友人がその洞窟まで案内してくれるというので少年は冒険の準備をすっかりすませて夜中、友人と合流して砂漠へ向かった。
友人はうずたかい山のような砂の前に立つと少年には理解できない言葉を歌のように口にした。
すると地鳴りが起き砂が山から崩れ落ちて大きな岸壁が姿を現した。
岸壁には真っ赤で巨大な両開き扉が嵌め込まれていて、その扉の両脇に虎の彫像が一体ずつ台座に置かれていた。
あれは動いて嚙みついてくるから、これを使え。
友人はそう言ってキツネの尾のような房がついた一本の茎を少年に手渡した。
これの先をゆらゆら動かしながら像に近づくんだ。おれはあっち、お前は向こうだ。
友人に言われるまま少年は茎の先端を揺らしながら彫像の片方に向かっていった。
がおー
突然、彫像が生き物のように滑らかに動き出すと色もみるみる本物の虎の色に変わり白い牙と赤い舌を少年に向かって剝き出しにした。
怖がるな。とにかくゆらゆら動かしつづけろ。
見ると友人の方の彫像も本物の虎に化けている。
少年は無我夢中で茎の先端を揺らし続けた。すると、
ごろごろごろ……
虎は喉を鳴らして台座の上で腹を見せて横になってしまった。
おれが編み出した魔法だ。
やはり大人しくなった虎の前で友人は誇らしげに言った。
その時、真っ赤な巨大な扉が地響きを立てて観音開きに開いていった。
扉が開ききる前に中に入ってしまった友人を少年は慌てて追いかけたが続く地響きの最中、少年が振り返ると開いていたはずの扉は今まさに閉まるところなのだった。
行くぞ。
壁に並ぶ松明が煌々と照らす道をひたすらまっすぐに進むと、やがて行き止まりに突き当たった。
そしてそこには砂漠の砂ほどもあろうかという金銀財宝が転がっているのだった。
何か選べ。おれはこれにする。
友人は宝石がちりばめられたナイフを手に取っていた。
少年は母が喜びそうな宝石箱を手に取った。
道を引き返し閉ざされた扉を友人の呪文で開くと二人は洞窟の外に出た。
その途端、ナイフと宝石箱は友人と少年の手の中で砂に化けてしまい崩れ落ちたのだった。