第279期 #4

クリスマスキャロルな島

 海にいるはずだが鈴の音が空から降ってきた。
 神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
 海は大時化。青年が乗る船は雪のでこぼこ道を走る橇のごとく揺れに揺れた。
 目を覚ました青年は見知らぬ浜にいた。
 私は忙しいんだ。寄付するつもりもないしお前と夕食を共にする気もない。明日は休んでもいいが次の日はいつもより早く出勤するんだぞ。
 分厚い帳簿に細かい字で何やら一生懸命に書き込んでいる老齢の男が険しい表情で青年に言った。
 いやいやいや。待て待て待て。お前は死んだはずでは。それに鎖に繋がれて。
 (青年は奴隷として買われたところだったので両手両足を鎖で繋がれていたのだ)
 青年が何か言う前に男が口を開いた。
 なになになに。金の亡者の死後は悲惨な末路だと。何を言っている。精霊? 何を……
 そこで男はぴたりと動きを止めてしまった。目を開いたまま空を見上げ、口をぼんやり開け、しかし短く浅く息を吐いて吸う音が聞こえ、男の時間が停止したわけではなさそうだ。
 青年は男をそこに残し、まずは鎖を外す算段をつけて外し、それから高い所を目指すと、ここが小さな島であることを知った。
 その時、軽やかな鈴の音が聞こえた。
 ぐるり島を巡り日没近くに浜に戻ると、どこから運んだのか木製の机と椅子が置かれ、机の上には湯気を立てるご馳走が並べられているのが見えた。
 机を挟んだ一方の椅子に腰掛けた男が青年に気づき、
 これはこれはどうもいらっしゃい。あなたと夕食を共にしたいと思いましてご用意させてもらいましたよ。そうそう。あなたに寄付をしたいのです。それに給金も増やしましょう。いえいえいえ。遠慮はいりません。私がそうしたいのですから。
 男が料理を甲斐甲斐しく皿に取り分けながらさらさらと行儀のよいおしゃべりを続けるので青年は何も言うことができない。
 何も言えないままご馳走を平らげた頃、辺りはすっかり月に煌々と照らされた明るい夜に包まれていた。
 そこへ、何やら楽しそうな賑やかな男たちの声が風に乗ってやって来て、しばらくして大きな船が近くに停泊した。それから何艘もの小船が青年と男がいる浜に上陸し、屈強な船乗りたちが当たり前のように宴を始めた。
 その晩は、青年も男も大いに楽しんだ。
 夜が明けて、青年は船に乗せてもらえることになった。
 男は乗船を断った。ここでやることがあるのだという。
 その時、軽やかな鈴の音が空から降ってきた。



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