第279期 #2

ナオのこと

 ナオといつも一緒にいたのは、高校二年生のときだった。ナオはわたしの隣に座っていた。ナオは背が高かった。ナオの長い脚は机の下で窮屈そうにしていた。ナオは考えこむとき、手を口にあてる癖があった。
 ナオの目を、いまでもよく覚えている。なにか警戒しているような目つきだった。警戒しているけれど、瞳は透きとおってきれいだった。はじめてナオと二人きりで話した日も、ナオは同じ目をしていた。
 ナオとの思い出は、ぜんぶ夏だった。まだ付き合っていなかったころ、二人で地元の大学のオープンキャンパスに行った。公開の講義を聞く人たちがあまりにもたくさんいて、わたしたちは教室のうしろで立ちながら講義を聞いた。ナオはやっぱり背が高かった。帰りは急に雨が降って、二人で一つの傘をさして歩いた。ナオは縮こまって傘のなかに入っていた。
 ナオに告白されたのは、花火大会の日だった。ナオはわたしの手を自分の胸に持っていって、自分がどれほど緊張しているか、心臓の鼓動を聞かせてくれた。わたしはナオのことを、ただ一緒にいて楽しい男の子だと思っていたはずだのに、告白された瞬間、涙がひとりでに流れた。嬉しかったのだ。大人になってから、おなじ花火大会に何度か行ったけれど、何年経ってもその日はナオに告白された日だった。
 ナオに傷つけられたことを、わたしはいまでもよく思い出せない。ナオといつも一緒にいたわたしのことを覚えている知り合いは、わたしとナオのことを話すとき、みんな苦々しく笑う。あのころ、わたしはナオしか見ていなかった。ナオが好きだったから、ナオの願いをかなえるのはぜんぜんむずかしくなかった。ただナオと一緒にいることが、この世のすべてだった。だからナオがわたしを捨てたとき、わたしはすべてを失った。信じたくなくて、何度もナオにすがりついた。そのたびにナオはますますわたしを突き放した。
 ナオにはもう、二十年以上会っていない。ナオじゃない人と、何度か恋愛をした。ナオより優しくて、ナオより大人な人たちだった。けれどその人たちとの恋愛が終わるたびに、わたしはナオがいなくなってしまったと思って泣いた。



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