第279期 #1

偏りの採用

「なあ、知ってる? うち、A 大学の出身者はNGなんだって」

昼休み、蛍光灯がちらつく休憩スペースで、同期たちが声を潜めて話していた。

「聞いた。私、B 大学だけど、人事に言われたよ。
『B 大学は大歓迎。A 大学? ああ、書類で落とすよ』って。
いや、普通逆でしょ……って思ったけど、うちの会社だしね」

「まあね。昨日も先輩、深夜2時まで残されてたし……
“効率より根性”って張り紙が貼ってある会社だからね」

「そういえば、A 大学NGの理由、噂になってるよ。
ライバル会社の社長がA大だとか、社長の元妻がA大だとか」

「私怨で採用基準が決まる会社……。まあ、無きにしもあらずか」

天井の古い換気扇がうなる音だけが、やけに大きく聞こえた。

新人たちがため息を漏らすと、少し離れたコーヒーメーカーの前で
紙コップを受け取っていた副社長が、ふと一言だけ投げた。

「休憩はそこまで。午後のノルマ、今日中に終わらせろよ」

新人たちは一瞬で姿勢を正し、慌てて頭を下げる。

「す、すみません! すぐ戻ります!」

副社長は何も追加せず、無表情のまま去っていった。

「……やっぱ怖いわ、この会社」

「うん。誰が何聞いてるかわからないしね」

新人たちは小声でそう言いながら席へ戻った。

午後、薄暗い副社長室。
秘書が書類を持って静かに入ってくる。

「来季の採用リストです。
……A 大学の応募者、四名ほどいますが」

「“保留” で」

「毎年同じ指示ですね。理由は……伺いませんが」

「理由なんて要らない。この会社に合うかどうか、それだけだ」

秘書は短く頭を下げ、すぐに退出した。

外では誰かが叱責される怒鳴り声が響いている。
「数字が悪い」「言い訳するな」「明日までに修正しろ」
この会社の日常だ。

副社長はその声を聞きながら、静かに引き出しを開けた。

古い学生証が一つ。

青い表紙に、擦れてなお読める金の文字。

「A 大学」

副社長はそれを親指で軽く押し、
深いため息とともに引き出しを閉じた。

この会社にだけは――
後輩を入れない。絶対に。

蛍光灯のチカチカという音だけが、誰もいない部屋に残った。



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