# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 練り香水 | OS | 1000 |
2 | 現代アート | 蘇泉 | 675 |
3 | ゾンビ | みかんの騎士 | 440 |
4 | タマとカズ | 三浦 | 1000 |
5 | 2025年7月5日 | euReka | 1000 |
学校の帰り道、雑貨屋でカップを選んでいた。10歳ほど年上に見える20代後半くらいの男とすれ違った。
その瞬間、香水の香りが漂ってきた。今まで嗅いだことのない、心の奥を揺さぶる香りだった。爽やかさと刺激、高揚感、涼やかな気品、それでいて懐かしさが混じり合う…。言葉では表現しきれない。主成分はモスク?オレンジ?フローラ?それともベルガモット?
声をかけていた。口について出たと言った方が正しい。
「あの、何の香水ですか? 使ってる香水…」
人見知りで、学校でも話せる相手は片手で数えるほどしかいない。それが、年上の異性に話しかけるなんて——逆ナンじゃん、やば。
男は驚く様子もなく、雑貨屋に併設された喫茶店に私を誘った。
やばいやばい。でも、見た目では、彼は普通…いや、イケてておしゃれな雰囲気なんだけど。
「あっこれ、練り香水。いい匂いかな?」
「すごくいい香りです。嗅いだことないです」
彼によれば、この練り香水をつけていると、声をかけられるらしい。人種や年齢、性別を問わず、道で突然外国語で話しかけられたり、犬が大口を開けて飛びついてきたこともあるとか。逆につけすぎたと思っても、全く気づかれないこともあるそうだ。
本当にいい香りだった。話を聞きながら、クラクラしてくる。慌ててコーヒーの苦みで理性を保つ。こわいこわい。
「どんな配合だろ…」
言葉が無意識に出る。
彼は少し躊躇いながら話し始めた。
ある日、彼は怒りを感じていたという。頭の中で怒りを反芻し、練りに練っていた。後輩が上司に理不尽に激高されていた時…何もできない自分のやるせなさ、後輩への罪悪感、上司への嫌悪…。
世の中に対する絶望、毎日流れる暗いニュースが脳内をループする。次から次へと憎悪は膨らみ、練れば練るほど、発酵し、体内から香りが沸き立つ——。
彼はある日気づいた。
大口を開けて寄ってきた犬は、何年も鎖に繋がれ、外出できなかった。足を引きずりながら逃げてきたのだ。他の人々も同じだった。同じ感情を持つ者同士が、匂いとして引き寄せられる。
「だから…君も何か僕に話したいことがあると思って」
彼はセンシティブな話題に踏み込んでいいものか迷っている顔をした。
うざ、ただのいい奴じゃん。
家や学校のことが頭の中を駆け巡った。残ったコーヒーに視線を落とす。ぐうの音も出ない。
保育園経営の友人が、少子化のせいで破産した。
彼は私を居酒屋に呼び出した。慰めてほしいのかなと思って、私は付き合うことにした。
座ってしばらく世間話をしたあと、彼は突然こう言った。
「現代アート学校を開く予定だ。」
え?と思った。現代アート学校って儲かるのか、と。
彼は真顔で続けた。
「少子化にAI革命。これから人間が働ける領域ってどんどん減る。でも、時間は余る。だったら、その時間をどう潰すかが次の課題になる。そこで現代アートだ。」
なんで?と聞くと、彼は迷いなく言った。
「働かなくていい。でも、何かはしたい。誰かに見てほしい。価値があるのかないのかわからないものを、価値あるものとして扱う。その遊びが、社会を回す仕組みになる。現代アートはその象徴だよ。」
私は笑いかけて、それから言葉に詰まった。
彼の言うことは、馬鹿げているようで、どこか本質を突いている気がした。
「でさ」と彼が続ける。「たぶん、最後に残る“仕事”って、アートなんだよね。いや、“暇つぶし”そのものが、人間の本業かもしれない。」
私はグラスを傾けながら、ふと考えた。
人間は、何も生み出さなくても生きられる時代に突入しようとしている。
それでも何かをしたがり、意味のないことに夢中になる。
――それが人間なのかもしれない。
文明って、きっと暇つぶしの連続なのだ。
原始の火も、ピラミッドも、月面着陸も、もしかしたら全部――
暇だったから、始まったのかもしれない。
そう言うと、彼は少し笑って、空を見上げた。
「違うよ。始まってたんだよ、ずっと前から。
俺たちの社会そのものが――最初から“現代アート”だったんだ。」
青ざめた顔、差し伸べてくる多数の手、死人のような白目……!
中学生だった僕は、インターネットでゾンビの画像を見ていた。
すごい!すごすぎる……!
画面越しでも伝わってくる迫力感に、僕は目が離せずにいた。
「いいなあ。僕もゾンビになってみたい」
僕がぼそっと呟くと、画面の奥から突然、手が飛び出してきた。
ゆっくり、ゆっくりと多数の手は僕の方へと差し掛かる。
そして、ペタッと冷たい手が僕の肩に触れた。
動揺して言葉も出ない僕を、彼らはゆっくりと誘いこもうとする。
僕は我に返り、必死に抵抗したが複数人の力には敵いそうもない。
「違う! 違うんだ! あれは冗談だったんだ!」
しかし、いくら叫んでも、もう遅かった。
僕は、ゆっくりと、ゆっくりと画面の中へと入りこまれてしまう。
「だめだ! やめろっ! ……やめろーっ!!!!!!!!」
その声を最後に、僕はこの世から消えた。
本当に言っちゃいけない言葉もあるんだなと、僕は知った。
そして僕もゾンビとなり、知らない誰かを襲っていく……。
チヨが殺しを打ち明けた時、タマもカズも驚かなかった。寧ろどの場所でどのように殺したのか聞きたがった。チヨは正直に、森で寝ている首を抉ったのだと答えた。その時、タマとカズの口元がだらしなく歪むのをチヨは見た。それが春の草花の鮮やかさに余りに似つかわしくないもののようにチヨには思えて閉口し、切り株から腰を上げて立ち去った。タマとカズはついてきた。タマとカズはきょうだいのようだが違った。親もいなかった。誰が親だったのか誰も知らなかった。いつからこの村にいるのかの答えが異なった。八十の婆が子供の頃に一緒に遊んだという話さえあった。
チヨは山を登り、木々が開けて村が見下ろせる場所に立っていた。物音に振り向くとタマとカズがまっすぐ横に並び立ち、薄ら笑いを浮かべてチヨを見ていた。どんなかんじがした? たいへんだった? たのしかった? タマとカズの声は木霊のように部分的に重なり或いは完全に重なって、そして木霊となって村に降り注ぐようだった。楽しくない。思い出したくもない。チヨの叫びも木霊になったが不気味なほどチヨには大きくけたたましく聞こえた。なんだ。そうなの。つまらない。タマとカズの木霊は今度は上へ上へと昇っていった。チヨが木霊を目で追っている間にタマとカズは狐のように消えていた。
この日を境に村近傍の森でちらほら死体が見つかるようになった。無論チヨは見に行きはしなかったが話に聞く限りその有り様はチヨのやり口に瓜二つのようで、チヨはタマとカズがやっていると考えるようになった。だから母とがさごそ始める夕方、外で遊んでこいと父に言われても決して家から出ようとしなかった。しかしどうやらすっかりタマとカズは姿を晦ましたようだとあとで知った。おざなりに一回だけ隣村の境まで男たちが捜しに出ただけでみんなすっかりタマとカズのことを忘れてしまったようだった。
だが死体は見つかり続けた。同じやり口で。そしてとうとう村の者の死体が見つかった。だがやり口が違った。その余りの惨たらしさに村を挙げての山狩りとなった。どうしてだか下手人はタマとカズということになっていて、農具を手に、中には死体からくすねた刀を持って、集まった者の顔はこれから祭りでも始まるかのようだった。
チヨはタマとカズが怖かった。だから家に隠れていた。両親もきょうだいも意気揚々と家を出てチヨに気づきもしなかった。みんな戻ってこなかった。
早朝、ドアを激しく叩く音。
迷惑なやつだなと思いながら、寝ぼけた頭でアパートのドアを開けると、真っ黒で、人の大きさほどもある獣のようなやつがいる。
「2025年7月5日の午前4時18分まで、あと一分しかない」
黒い獣はそう告げて私をドアの外へ引きずり出し、急に翼を広げたかと思うと私を抱えて空へ飛び立った。
今日は土曜で仕事が休みだから、昼まで眠るつもりだったのに……。
「ハハハ。そのまま眠っていたら二度と目が覚めることはなかったさ」
高い空から地上を眺めると、空を漂うクジラのような巨大な怪物が火炎を吐いたり、目から光線を出したりしながら街を蹂躙している。
「地球はもう終わりだから、われわれは今から宇宙空間に出て月へ向かう。お前は十秒ぐらい息を止めろ」
いやいや、まずはこの状況を説明してくれよとぼやきながら私は仕方なく目を閉じ、黒い獣の合図で息を止めた。
1,2,3,4,5……。
「もういいぞ。息をしろ」
目を開けると、なぜかさっきまでいた自分の部屋に戻っている。
「月の上にお前の部屋をそっくり再現してみた。このほうが落ち着くだろ?」
窓のカーテンを開けると、確かに月面らしき荒野が広がっていて、ここは地球じゃないんだなと。
「お前は一人じゃない。他にも月に連れてこられた人間が百人ほどいるはずだ。後で探しに行こう」
なるほど……でも、きっとその百人の中からリーダー的な人物が何人か現れたりして限られた食料や資源の配分やらで権力闘争が起こったり殺し合いになったり……。
「お前は未来を悲観しすぎている。他の人間に出会えば、きっと希望も見えるさ」
私は気乗りしないまま、月の上で仲間探しをすることにしたのだが、十キロほど歩いた場所で、眠った人間の入っている透明なカプセルを何個か見つけた。
さらに歩き続けると、同じようなカプセルが全部で百個ほど見つかった。
「とりあえずカプセルを集めて、酸素のある安全な場所で一つ割ってみよう」
そう黒い獣は言い、何日もかけて百個もあるカプセルを、例の私の部屋がある場所に集めた。
「いいか? 指先のビームでカプセルを割るぞ」
黒い獣はそう言うと、慎重にビームを出しながらカプセルを切った。
「キュイーン、ゴゴ、ピー、ピー。わたしはAIアンロイド音楽生成タイプの、ミハル・バージョン2・1だよ。まず最初に利用者登録が必要なのだけど、そのためにはグーグルのユーザーIDを……」