# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 回遊する魚達 | OS | 1000 |
2 | セーブポイント | 蘇泉 | 748 |
3 | キス | ねこ。 | 406 |
4 | 青春の物語 | 恋愛少女 | 306 |
5 | アイドルオーディション | euReka | 1000 |
喉に違和感を覚え、口数が減ってしまった。魚の骨が絡まったらしい。
数ヶ月前の週末、恋人が訪れた。彼は料理に手をつけず、何か考えているようだった。さばの塩焼き、若芽ときゅうり酢の物、玄米、しじみのお味噌汁、献立や食卓の匂いは精彩に蘇るのに会話を思い出せない。
喉の圧迫感は日増しに強くなる。小骨が進化し魚に成長したに違いない。住みつき、食道と気道が水槽のように使っている。魚は何十匹と増え、血液に乗って体内を回遊しているようだ。
医師は笑みを浮かべた。
「咽喉頭異常感症ですね。ストレスが考えられます、念のためお薬を出しますね」
戸惑いながらも反論しようとする。魚がいるのです。喉の重みで言葉が出ない。
病院内の喫茶店に入る。窓越しに見える外は炎天下でコンクリートがゆらいでいる。老婆と幼女が窓際の席を選んでいる。コーヒーにミルクと砂糖を入れ、スプーンで回すと液体の対流が出来る。クリムトの「女三世代」をふと思い浮かべた。柔らかな曲線と華やかな色使いが、母と子、老人の織りなす人生の流れを描いている。
あの人は絵が好きだった。深紅の絨毯を歩き、作品を鑑賞し、疲れたらソファに腰掛け、物憂げな表情でプログラムを辿っていた。あの指先はどこに向かったのだろう。
「話があるんだ」
沈黙の後、彼は静かに言った。揺らぎのない小さいけれど、よく通る声だった。魚が暴れだす。心臓が締め付けられ、私は息を飲む。記憶の断片に投げ出された魚は、体内を逆流し暴れ出す。焼きついた光景がよぎる。あの指はドアノブに手をかけていた。大きな背を向けたまま、ドアが閉まる音がリフレインされる。
窓際にいた筈の幼女が心配そうに私を覗きこんでいた。
「おねえちゃん、大丈夫?」
幼女の頬や手は瑞々しく、髪やまつ毛は濡れたように光っている。私は知らないうちに泣いていた。老婆が駆け寄って幼女を抱きかかえた。その手は、骨と皮膚の間に浮き上がる血管が見えていたが、生きてきた確かさが感じられた。老婆は幼女を穏やかに制し、私に会釈した。彼女達は私の過去と未来だ。
私は生命の流れに乗っているのだろうか。気づくと、雨が激しく窓を打っている。急などりゃぶりだった。窓の外に立ち並ぶの高層ビルは、入り組んだ木々の群集に見えた。スコールが乾いた大地や砂漠に浸透してゆくように私の体内にも降り注ぎ流れる。魚は体内を遊泳し、やがて大河を泳ぎ雨と共に消えていった。
急に天から声が聞こえた。
「ここはセーブポイントなんだけど、セーブしますか?」
「え?」さすがに驚いた。
「あのー、これは人生ゲームなので、今のはGMの声です。あなたは今、セーブポイントに来ています。セーブしますか?」と、天の声は続けた。
マジか。やっぱり人生ってゲームなんだ……そう思った。
「じゃあ、セーブします!」
「はい、ではセーブしますね。……セーブ完了です」と天の声が言った。
「これからもゲームは続きますが、もしセーブに戻りたくなったら——」
天の声が、咳払いをした。
天の声も咳払いするのかよ、と思った。
「スターバックスでエスプレッソを2つとフラペチーノを1つ注文し、エスプレッソをフラペチーノにかけて飲めば、セーブポイントに戻れます」
え? スターバックスで?
「はい。なんのためにスターバックスが世界中に出店していると思います?」
……なるほど。
とりあえず、人生ゲームをセーブしておいた。
その後の人生は、冒険しまくった。どうせセーブしてあるし。
大金をいろんな産業に投資し、借金もめちゃくちゃにした。3年で億を稼いだが、5年目には破産し、10億の借金を背負った。
そろそろセーブポイントに戻るか……。
そう思いながらスターバックスへ行き、エスプレッソとフラペチーノを注文した。そして、エスプレッソをフラペチーノにかけて飲んだら——
本当に、あの日に戻れた。
本当だったんだ!
再起動した人生は、真面目に生きている。
穏健な投資をし、貯金も積極的にしている。やっぱり、セカンド選択肢の人生は順調だ。
そしてある日、スターバックスで会社の作業をしていると、慌てた様子の客が店に飛び込んできた。
「エスプレッソ2つ! フラペチーノ1つ! ください! 早く! 時間がないんだ!」
デートの別れ際、少し甘くてとても苦い長めのキスをした。
別に一夜限りの関係ってわけじゃない。
体だけの関係な訳でもない。
ただ合わなかっただけ。
体の相性は良かった。
会う度にしていた。
初めはお互い本当に好きだった。
だけど、付き合っていくうち性格の相性が悪いことに気づいた。
それでも好きだったからと付き合い続けて早一年。
僕たちの心は限界になっていた。
会って、体を重ねて、普通のデートをする時は喧嘩ばかり。
仲直りだと言って、また体を重ねる。
そんな事ばかり繰り返していた。
甘い時もあった。
寝てる時の顔。
あの時間だけは平和だった。
甘い時間はそれくらいだった。
それ以外は全部、苦い時間だった。
本当は甘えたかった。
強がってばかりの僕は、相手を苛立たせた。
それが駄目なんだって、分かっていたのに止められなかった。
「これで終わりにしよう」
泣いて泣いて、終わりにした。
お互い好きだけど、少し嫌いだった。
甘くて苦いキスをした。
そんな雨の日。
「……っ!?」
制服を纏った一人の女子高生は、突然の出来事に頭が困惑していた。
いきなり呼ばれたかと思えば、そこに居たのはまさかのイケメン。
しかも静かな教室で、たった二人きりの瞬間。
彼は私の頭に付いていた埃を、すっと取った。
「まったく、女の子らしくないな」
飽きれたような表情で、それを口に出す彼。
女子高生は少しムッとするも、彼は気にせず言葉を続けた。
「……ねえ」
彼の目がキラリと輝く。
「な、なに?」
駄目だ……このままだと、ペースに流されちゃう……。
「君のこと、唇で確かめたい……」
え? ちょっと待って?
「唇……?」
彼は真剣な顔をしてコクっと頷いた。
まあ、イケメンとなら……。
「別にいいけど……」
心の醜い少女は、毎日、花に水をやります。
ある本に、花を育てると心が美しくなると書いてあったからです。
「毎日、あたしにお水をくれてありがとう」
ようやく蕾がほころびはじめた花は、心の醜い少女に感謝を伝えました。
「これからあたしは花びらを開いたあと、次の種をつくって枯れていきます。今度はあなたが自分の花を咲かせて下さい。それがあたしの願いです」
そのとき強い風が吹いて、一枚の紙が少女の顔に貼り付きました。
「あら、それはアイドルオーディションのチラシですね。これから花を咲かせる今のあなたにピッタリ」
花は嬉しそうにそう言いますが、心の醜い自分にアイドルなんてとても無理だと少女を思いました。
「あたし、あなたが水やりのときに口ずさんでいる歌がとても好きです。オーディションでそれを歌えば絶対に合格ですよ」
そんなわけで、心の醜い少女は花の言葉に背中を押されてアイドルオーディションを受けたのですが、結果は落選でした。
しかし三日後にある芸能事務所から電話がかかってきて、うちでデビューしてみないかという話を持ちかけられました。
心の醜い少女は、半信半疑で事務所へ話を聞きにいくと、頭に王冠のようなものを乗せた人が現れました。
「君は一カ月後にデビューすることになっている」
王冠の人は、そう一方的に宣言すると少女を事務所のレッスン室に放り込みました。
「一カ月後にまた会おう。そのときに君がアイドルとして覚醒していなければ、私も事務所も破産して終わりだがね。ハハハ」
少女は事情がよくわからないままレッスン室に監禁され、鬼のような講師から歌とダンスのレッスンを受けましたとさ……。
〈中略〉
半年後、心の醜い少女は三十分だけ何とか休憩をもらって、かつての花壇へ足を運びました。
毎日水やりをしていた花は枯れて横たわり、地面に埋もれかかっています。
「わたしはアイドルになれたけど、一秒も休む暇がなくて、あなたに水をやれなくなってしまったの。ごめんね」
少女の落とした涙のつぶが地面に触れると、そこから一本の芽がにょきにょきと生え、次の瞬間には、嘘みたいに辺り一面が花畑に変りました。
「おめでとう!」
声と拍手のする方を見ると、事務所の王冠の人や鬼講師、少女の心を醜いと言っていじめた同級生たち、無関心な担任教師、父親と母親、近所のコンビニで働く優しいお婆ちゃん、三歳のとき遭遇した宇宙人、大統領の……