第273期 #5
早朝、ドアを激しく叩く音。
迷惑なやつだなと思いながら、寝ぼけた頭でアパートのドアを開けると、真っ黒で、人の大きさほどもある獣のようなやつがいる。
「2025年7月5日の午前4時18分まで、あと一分しかない」
黒い獣はそう告げて私をドアの外へ引きずり出し、急に翼を広げたかと思うと私を抱えて空へ飛び立った。
今日は土曜で仕事が休みだから、昼まで眠るつもりだったのに……。
「ハハハ。そのまま眠っていたら二度と目が覚めることはなかったさ」
高い空から地上を眺めると、空を漂うクジラのような巨大な怪物が火炎を吐いたり、目から光線を出したりしながら街を蹂躙している。
「地球はもう終わりだから、われわれは今から宇宙空間に出て月へ向かう。お前は十秒ぐらい息を止めろ」
いやいや、まずはこの状況を説明してくれよとぼやきながら私は仕方なく目を閉じ、黒い獣の合図で息を止めた。
1,2,3,4,5……。
「もういいぞ。息をしろ」
目を開けると、なぜかさっきまでいた自分の部屋に戻っている。
「月の上にお前の部屋をそっくり再現してみた。このほうが落ち着くだろ?」
窓のカーテンを開けると、確かに月面らしき荒野が広がっていて、ここは地球じゃないんだなと。
「お前は一人じゃない。他にも月に連れてこられた人間が百人ほどいるはずだ。後で探しに行こう」
なるほど……でも、きっとその百人の中からリーダー的な人物が何人か現れたりして限られた食料や資源の配分やらで権力闘争が起こったり殺し合いになったり……。
「お前は未来を悲観しすぎている。他の人間に出会えば、きっと希望も見えるさ」
私は気乗りしないまま、月の上で仲間探しをすることにしたのだが、十キロほど歩いた場所で、眠った人間の入っている透明なカプセルを何個か見つけた。
さらに歩き続けると、同じようなカプセルが全部で百個ほど見つかった。
「とりあえずカプセルを集めて、酸素のある安全な場所で一つ割ってみよう」
そう黒い獣は言い、何日もかけて百個もあるカプセルを、例の私の部屋がある場所に集めた。
「いいか? 指先のビームでカプセルを割るぞ」
黒い獣はそう言うと、慎重にビームを出しながらカプセルを切った。
「キュイーン、ゴゴ、ピー、ピー。わたしはAIアンロイド音楽生成タイプの、ミハル・バージョン2・1だよ。まず最初に利用者登録が必要なのだけど、そのためにはグーグルのユーザーIDを……」