# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 私の手 | 長月夕子 | 1000 |
2 | 歴史 | OS | 1000 |
3 | 勇者道場 | 神崎 隼 | 1000 |
4 | パンダを抱っこ | 蘇泉 | 894 |
5 | 囚われの姫 | 病みねこ | 723 |
6 | 愛について | 高橋美咲 | 768 |
7 | 鯨バス | euReka | 1000 |
脱いだ服はそのまま、食べたお菓子の袋もそのまま、山となった体操服に、散らばった問題集、並べてある空いたペットボトル。
「部屋の片付けは?」
「学校から手紙あったよね?」
「提出物いつまでなの?」
「宿題はちゃんとやった?」
今日もまた同じようなセリフを繰り返し続けて、もう何年過ぎたろうか。
言い続けている言葉たちは、本人の改める姿勢も見いだせないまま、空虚な呪文のようで、私は肩を落とす。
確かに幼稚園の頃までは、私は息子にとって魔法使いで、今日の幼稚園の給食を当てることもできたし、信号を青にすることだってできたし、その効力はもちろん息子にも届いていたから、幼稚園の手紙はその日のうちに手元に届き、上履きは土曜日には幼稚園から無事に帰還し、洗って月曜日に持たせることができた。
しかし、信号は変わるタイミングがわかればそれらしく見せることができ、給食はお知らせが幼稚園から届けば、その日の内容を知ることができると気がつけばついに、私の魔力は尽きてしまった。
それで私のところへ学校からの手紙は届かなくなり、上履きは永遠に学校にとどまり、ゴミは息子の部屋に住み着き、「片付けなさい」という呪文を叫んでも当の本人は「えへへ!ごめんごめん」と言うばかりで、魔力は完全に消え失せたのだった。
この全く私に似ているところもなく性別も異なる彼を、私が産んだというのだ。
紛れもなく、気を失うかと思うほどの痛みの中で、縫い合わせなければならぬほどの裂傷を負いながらも、私が彼をこの世に産み落としたというのに。
一体彼は私のどこの遺伝子を持って生まれてきたのかと日々首をひねる。
ゴミを片付けながら。学校から問い合わせの電話を受けながら。
「俺マジで天才でしょ!こっち来てちゃんと聞いて!」
ショパンの革命が響き渡るリビングで、彼は自慢げに言う。
音の粒が弾けるようにピアノから飛び出し、彼の指が、あれほど掃除を拒むとは思えないほど器用に鍵盤を行き来する。
その手は、私の手であった。
私が見飽きた形の手が、自由に鍵盤を滑っていくのだ。
ピアノを知らない私の手が、ショパンなんぞを自由に奏でる。
この私の手が。
私は窓から差し込む冬の日差しに自分の手をかざす。
光に縁取られた手に、誇らしく目を細めた。
「何してんの?」
演奏を終えた息子が訝しげに私を見る。
「なんでもないよ!」
と、息子の肩をはたく。
電車で都心に向かう間、小鳥は唄い続ける。
「昨日からやり取りしてるのがこの人で…」
スマホにある痩せた男性の写真を見せてくる。19歳の大学生らしい。
「今日会うのがこの人」
次はスーツを着た堅実そうなサラリーマンの写真だ。
様々な男性と肌を重ねる度、記録をつけるように小鳥は私に報告する。蛇行した線路をぬけると青空とビルの群集が現れた。私は小鳥といることで辛うじて世界と繋がっている。
人の流れに沿い、デパートに入る。化粧品のカウンターは、色相環順のアイシャドウや口紅がライトに照らされ輝いている。香水の匂いが一面漂い、足元は大理石の床が広がる。
「お試しになりますか?」
売り子が愛想よく「消費者」に声をかける。小鳥は促され椅子に座る。売り子はパフを取り出すと小鳥の肌に丹念に化粧水をつけてゆく。
私は巨大なモニターの動画を見て待つ。痩せたモデル達がいっせいに振り向き、彩られた唇と目が次々アップされる。彼女達の世界が「正解」らしい。愛されたい欲望は膨らみ「消費者」の購買意識に拍車をかける。
メイクされながら小鳥がほほ笑む。誰からも必要とされないと泣いていた頃を思い出す。今は幸せそうだ。彼女達の世界に近づいているからなのか。
フルメイクした小鳥が公園の木々をぬってゆく。男と連絡が取れなかったのだ。私は内心安堵している。落ち葉は踏む度に乾いた音がする。
「忙しかったんだよ…仕事、大変そうだもの…」
小鳥は自分に言い聞かせているようだ。選ばれない事は無価値なのだろうか。
突風が吹いた。葉と葉が重なる音がし木漏れ日がゆれた。芝生に寝転んだ小鳥の肩の頼りなさに心奪われた。
小鳥の子宮を想像した。そして私の子宮。広い芝生に二つの子宮がただ存在する奇妙な感覚に囚われたが、周囲を見渡せば生殖器だらけだった。それらは、ラケットを振り回す、手をつなぎ微笑みながら散歩をする。三輪車に乗って、寝そべり走り笑う。
交配を繰り返し、次の世代に受け継がれる巨大な循環。「彼女達の世界」もパレットの一色に過ぎない。全てを包み溶けてゆく。この芝生の下に何千何万種の生死が繰り返され眠っている。土に還っても私は分散と膨張を続け、地球が続くかぎり世界の一部になる。何の心配も要らない。
私は小鳥と繋がっていただろうか。小鳥はスマホで次の候補を探している。
「会うの?心配だよ」
声に出すと初めて本音を言ったことに気づいた。
遥か昔、一人で魔王を倒した勇者がいた。その後、勇者の村の多くの若者達も勇者を目指し始めた。
彼らが目指すのはその名も魔王城、魔王の城である。
村の言い伝えに魔王が蘇ったとあり、勇者を目指す若者達は「魔王を倒す」と意気込む。しかし、多くが道中の魔物相手に命からがら逃げ帰ってきた。
とは言え、魔王城まで辿りついた者達も僅かだがいた。だが、誰もが毒気を抜かれたような面持ちで村に戻り、勇者を目指さなくなった。
大人達はその姿に首を傾げたが、命を失うような勇者を目指さず、地味だが大切な職に就くのを秘かに喜んだ。
「意気地のない奴ばかりだ。だが、俺は違うぞ」
と、そんな大人達の気持ちも知らず、勇者志望の若者がまた一人、村を後にした。
鬱蒼とした森の中に、その禍々しい城はあった。
その姿に若者は息を呑むが、苦難を乗り越えここまでこれた自信からか、しっかりとした足取りで開き放たれた城門をくぐった。
城内に魔物の気配は無いが、目に見えない圧のような何かがあり、若者はそれを発してる場所へと無言で歩いていった。
そして、若者は王の間へと足を踏み入れた。
そこには、豪華な王座に座り書物に目を落とす、一見、人と変わらぬものがいた。ただ、頭に二本の角があり、肌も若干だが紫色に近い。それは、村の言い伝えの魔王の姿と同じだった。
「おまえが魔王か」
その声に、魔王が顔を上げた。そして、読んでいた書物を閉じ、傍らにあった机の上に置く。
「今、私が魔王かと問うたな? うむ。ここ500年ほど、魔王をやっている」
その魔王の言葉に、若者は少し違和感を感じた。だが、それが何かはわからなかった。
「で、何用だ?」魔王が問う。
「俺と戦え。おまえを倒して、俺は本当の勇者になる!」若者は叫び、魔王に立ち向かった。
「うっ」若者は折れた剣を力なく落とした。
「中々、見どころがあるな」
「くっ。殺せ!」若者は両腕を広げた。
「待て。鍛えなおして戻ってきなよ。私だって、何度も挑戦したんだ」
「え?」
「そうか。やはり、あの子達から聞いてないか」
魔王は静かに語り始めた。
自分が魔王を倒した勇者だった事。魔王に呪いをかけられ、この姿と不死になった事。
「若者が勇者を目指すのは私の所為だって、苦情があってね。危険な魔物は私が倒して、見込みのある子だけ来れるようにしたんだ。ん? どこに行った?」
最後の言葉を聞かずに、若者は魔王城から姿を消した。
「パンダを抱っこできます。」という広告を見たAさんは、「美夢成真株式会社」へ足を運んだ。
「本当にパンダを抱っこできますか?」と、Aさんは受付の人に尋ねた。
「こちらへどうぞ。」受付の人は、Aさんを案内した。
黒い部屋に入ると、スーツ姿の男が一人いた。男は話し始めた。「パンダを抱っこしたいですか?」
Aさんは、「はい、そうです。」と答える。
男は続けて言った。「パンダを抱っこして、どんなメリットがあると思いますか?」
Aさんは少し考えてから、「珍しい体験ですから、話のネタになると思います。」と答えた。
男はうなずきながら言った。「そうですね。パンダを抱っこするなんて、基本的にはありえないことです。もし本当にパンダを抱っこしたら、永遠に飲み会のネタとして使えますよ。ですから、パンダを抱っこしたかどうかが重要なのではなく、パンダを抱っこしたというエピソードを持つことが大事なのです。ここでは、パンダを抱っこすることはできませんが、そのエピソードを手に入れることができる場所です。」
男はさらに続けた。「安心してください。私は中国の四川省に10年以上住んでいたことがあり、実際にパンダを抱っこした経験があります。その体験をそのままお教えしますから、絶対に価値がありますよ。エピソードを覚えたら、あとは四川に行くための往復チケットを購入して現地を訪れるだけです。もちろん、現地で本当にパンダを抱っこしたかどうかは誰にも検証できません。これで、あなたは『パンダを抱っこした』人間になれるのです。」
Aさんは納得し、支払いを済ませた。男が紹介した旅行会社で四川行きのチケットも購入した。万全の準備が整った。
そして、翌月。Aさんは自信満々で飲み会に臨んだ。とりあえずビールが来たら、一発エピソードを披露するタイミングを探していた。そのとき、隣の同僚が急に話し始めた。
「そういえば、こないだ俺オーストラリアに行ったんだけど、カンガルーを殴ったんだよ!」
Aさんは悔しさを感じた。なぜなら、男から「パンダを抱っこした」エピソードを購入する際、ついでに「カンガルーを殴る」エピソードも半額でセット販売されていたからだ。
あるところに錆びれた檻の中にとどまっている姫がいました。
昔は近衛兵達が配置されていて、檻も綺麗でした。
その檻が綺麗だった時代、姫を毎日訪ねてきていた王子がいました。
王子と姫は檻の中で、外の綺麗な景色を眺めお話しをしていました。
ですが王子は、いつまで経っても外に出ない姫に愛想をつかして訪ねてこなくなってしまいました。
王子が来なくなった翌日、隣国の王子がやって来ました。
姫は同じように隣国の王子と、外の景色を眺めお話しをしました。
けれど、隣国の王子は隣国の姫に恋をしてしまい訪ねてこなくなってしまいました。
それから数ヶ月経った日、錆びれた檻に他の国の王子が訪ねてきました。
「あなたはなぜ、こんな錆びれた檻に閉じこもっているのですか?」
「夢を見ているのです。幸せだったあの時の夢を。またいつか、彼が戻ってくるんじゃないかと 期待して待っているのです。」
他の国の王子は寂しげな姫に恋をしました。
「私がその檻から連れ出してさしあげましょう。僕は他の人のようにあなたから離れたりしない。永遠を共にすると誓います。」
「嫌よ。もう信じたくないの。裏切られるのが怖いの。裏切られるくらいなら、私は一生一人でこの檻の中に閉じこもっているわ。」
他の国の王子は、姫を無理やり外に引っ張りました。
そこで姫が見たものは、綺麗な花畑と綺麗な青空。
そして、自分を愛おしそうに見つめる他の国の王子。
姫はもう一度、この人なら、信じてもいいかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて、錆びれた檻の中には戻らないことを決意しました。
たまに戻ってきて外から眺めるくらいはするかもしれない。
だけど、もう二度と戻らない。
姫は、他の国の王子と共に旅立っていきました。
二人で幸せになれることを願って…
二次会のどんちゃん騒ぎから抜け出して入るトイレは居心地がいい。さっきまでいた掘りごたつ席からは聞こえなかったBGMが今なら鮮明に聞こえる。
便座に座って遠くの誰かの騒ぎ声を聞きながらスマホ画面を眺めていた。溜まった通知を一通り消して、先週インストールしたマッチングアプリを開く。楽しい時間が終わったときの、映画館を出た後みたいな寂しさが、私を映画の主人公のような気分にしていく。
縦へ横へとスワイプすると、ぬるい背景色の画面の中を、異性の自己紹介文が滑らかに流れていく。そんな自己紹介文を眺めていると私はいつも「お前は自己表現が下手だな」と言われたような気分になる。
あのバンドが好きで、あの漫画が好きで、写真映えするような休日を過ごしていて。タバコは吸わないし、年収はそこそこあって、バツイチだけど子供はいない。マッチングアプリには「行為の返報性」やら「単純接触効果」やら、いい感じの心理効果を満遍なくちりばめたプロフィールばかりがあって、そんな文章を書ける相手が羨ましくなる。
スマホを閉じて薄暗いトイレの天井を見上げると、天井に埋め込まれた電球がとても眩しくて「まるで私の人生みたいだ」と思った。電球の明かりと私の人生の共通点は分からないけれど、映画の主人公である(酔った)私の頭脳をもってすれば、そんなことは些末なことだ。
さっきまでいた掘りごたつ席に思いを馳せる。彼ら、彼女らはきっと私がいなくても周りの喧騒に負けないように楽しく喋っているだろう。私は居酒屋の薄暗いトイレで眺めるマッチングアプリが好きだ。そんな私の俗物的な楽園は、いま酒の力で一心不乱に喋っている友人たちに支えられている。
そして私もトイレを出て席に戻れば、大声で喋り、大声で笑う友人の一部に戻っていく。私の俗物的な楽園は、そんな私にも支えられているのだ。
鯨バスを作るときは、まず鯨と契約しなければならない。
彼らの体を使ってバスを作るわけだから、当然、本人の同意が必要になるし、大抵は断られることが多い。
「なぜ君は、バスになることに同意したの?」
私はそう言って、二十一頭目でようやく契約できた鯨に率直な疑問をぶつけてみた。
「本当は不安もあるのですが、鯨バスになれば、海の中だけでなく、空を飛んだり地面を移動したりできるし、いろんな世界を知れると思ったから」
そんなわけで、私は鯨バスを作り始めたわけだが、まず、鯨の内部に空間を作るだけで予算オーバーしてしまった。
鯨の体を切り刻むわけにはいかないので、肉体の形や機能を変化させる魔法を使う必要があるのだが、そのための魔法使いを依頼する費用が思ったより高かったのだ。
「ごめん、内部空間や窓や扉は出来たけど、内装をやる費用が足りなくなったよ」
「いえ、別に立派なものを作る必要はありませんし、椅子さえあればバスになりますから」
そう鯨は言うのだけど、体の内部は筋肉や内臓がむき出しなので、私はとりあえずベニヤ板やブルーシートで覆ってみた。
あとは、ゴミ捨て場から拾ってきた椅子やソファを床に固定して人が座れるようにした。
そうやって何とか鯨バスを完成させ、運行を始めたのだけど、内部の見栄えがどうにもひどくて、誰も乗ってくれる人はいない。
でも鯨バスは、移動しながら客を見つけることがルールで義務付けられているので、とにかく私たちはいろんな場所を移動し続けるしかなかった 。
しかし、アフリカの角と呼ばれるあたりを運行しているとき、私と鯨は初めての乗客を見つけた。
「あたし、お月様に行ってみたいの」
小さな女の子はそう言うが、さすがに月は無理だと思ったので、どうやって断ろうかと悩んでいると、鯨が私の肩に手(ヒレ)を置いた。
「できるかどうか分かりませんが、月に行ってみましょうよ」
そう言って鯨は、私たちを内部に入れると、空に向かって体勢を変え、ロケットのように垂直に上昇した。
それから、十分ほどするとすると月に到着したのだが、地球から月までは地球十周分も離れているので、鯨はとんでもない速さで移動したことになる。
「月に鯨が来るなんて初めてだ」
月の人たちはそう言って、私たちを歓迎してくれた。
女の子も、月のウサギとぴょんぴょん跳ねてうれしそうだったので、まあいいかと思って運賃は取らないことにした。