第269期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 唯一無二の映画 蘇泉 334
2 アルテミスの告白 OS 1000
3 卒業まで 病みねこ 269
4 ちょうどいい距離感 euReka 1000

#1

唯一無二の映画

「CGでええやろ。戦争映画を撮るとき、本当に人を殺してるんか?歴史映画を撮るとき、本当に侍を雇うんか?存在するのはわかるけど、撮影するのに本物は必要ないやん。」
Xさんの伝言だ。映画監督の山下は頭を抱えている。



リアルを追求し、この世で唯一無二の映画を作りたい山下にとって、Xさんの出演は不可欠だった。Xさんまたはその一族が出演してくれなければ、彼の理想とする「完璧な映画」は実現しない。しかし、Xさんの言い分ももっともだった。




幽霊の存在が科学的に証明されてから、すでに3年。幽霊家族であるXさん一族は、メディアへの露出を極力避けてきた。「存在するのは認めるけど、俺ら静かに暮らしたいんや!」というのがXさんの主張だ。どうやらホラー映画への出演は、完全にNGのようである。


#2

アルテミスの告白

 好きな子を自分の部屋に残したまま、僕は逃げた。好きな子の名前はチュンダと言う。家に来てくれた時は嬉しかった。けれど、まるで僕に関心がなくて頭にきた。いい感じか悪い感じか分からないまま近づいた。と、同時に怖くなって逃げた。チュンダの喉仏の感触が手の中にある。大きな鈴のようにゴロンとしていた。僕に無いもの。
 
「女の子は花なのよ」
 ママは僕の髪をとく。黒髪は絹糸のように流れる。僕は黙ったまま、用意された服を着る。白いレースのワンピースだ。白とピンク色以外は身につけない決まりがあった。決まりはいくつもあった。女の子なのだから、跳ねたり走ったりしない。常に微笑むこと。自己主張せず他人を思いやり、聞き役になること、などなど。周囲は僕をお嬢さまと揶揄した。

 学校が終わると車に乗せられ塾に行く。これ以上、体を固めたくない。いつしか女性らしさは窮屈な牢獄を意味するようになった。神様、お助けください。大声で笑い食べ、野山を駆け巡る少年を夢見ながら、体を曲げ車内で僕はお祈りする。

 行儀よく上品に振る舞うほど、僕の少年が暴れだす。友人と談笑し、ごきげんようと別れた途端に影が濃く伸びた。

 ある日、古いビルが重機で取り壊される現場を見かけた。足しげく通ってそれを眺めた。それから逃げるように一人暮らしを始めた。今まで着ていた服をすべて捨て、髪を短くし、少年の風貌に変えた。
「みっともない。よしなさい」ママの声は呪縛となって僕を追ってくる。
(大丈夫、僕は無色だから誰も気づかない)実際、誰も気に留めなかった。

 その頃、チュンダに出会った。髭を生やし長身マッチョで女装している。支離滅裂なことばかり話すしイントネーションも見た目も、全てめちゃくちゃでサークル内で距離を置かれている。でも僕は知っている、僕とチュンダの共通と相違を。

 道すがら、二人でカマキリを見つけたことがあった。コンクリートだらけの街でわずかな草むらで生きていた。鮮やかな緑色で精巧な作りだった。美しかった。神秘的だと思った。チュンダは感嘆の声をあげ、カマキリをつまみ自分の胸に乗せた。
「タテオカ見てブローチみたいでしょ?」
 チュンダは屈託なく笑った。僕もつられて笑った。命はいつも輝いていたんだ。あの頃から、僕は無色ではいられなくなった。
 
 チュンダといると驚きと共に呪縛が溶けてゆく。不完全でも、そのままで美しい世界が色づき動き出して見えた。


#3

卒業まで

今日も寒い外に出る。
「あと2ヶ月で卒業かぁ。」
この間、3年生になったばかりな気がする。
濃い1年間だった。
最後の最後に色んなことが沢山起きた。
1年付き合った彼女に振られて、その翌日に新しい彼女ができて、その彼女と別れと復縁を繰り返して、、、
頭がおかしくなりそうな楽しい1年だった。
楽しかった。
毎日の通学電車も名残惜しくなる。
校内の木には梅が咲き始めた。
私達の卒業をお祝いするように。
ここに雪が降ったら綺麗なんだよなぁ。
と去年の景色を思い出す。
大学生活も楽しくなるといいな。
今日も私は、残り少ない高校生活に寂しさを抱きながら教室の扉を開ける。


#4

ちょうどいい距離感

 白い服を着た男が、いつも私の後ろに付いてくるようになった。
 顔は黒人男性のように見えるし、ストーカーや探偵にしては目立ちすぎる。
「アイムソーリー。フーアーユー?」
 私は、男が気を抜いた瞬間に腕を掴み、とりあえず知っている英語で話してみた。
「あ、俺ふつうに日本語話せますよ」
 男が笑顔でそう言うので頭が混乱し、思わずまたアイムソーリーと言って腕を離した。
「俺はダニエルで、あなたを守護するためにやってきた者です。ちなみに、俺の姿はあなた以外の人間には見えていませんから」

 私は、常に誰かに守られる必要がある特別な人間ではない。
 それに、いつも私につきまとう白い服を着たダニエルの存在がとても鬱陶しかった。
「あなたは、R&Bなどの黒人音楽が好きだから俺が選ばれたのです」
 そりゃ黒人音楽は好きだけど、ずっと誰かに付きまとわれるのは嫌なんだよ。せめて可愛い女の子ならね。

 ダニエルはその後、姿を消し、三日後に十歳ぐらいの黒人の女の子が私の前に現れた(若すぎるけれど)。
「初めまして、妹のダニエラです。まだ修行中の身ですが、命にかえてもあなたをお守りします」
 いや、私のために命なんてかけなくていいし……。それより、兄のダニエルはどうした?
「兄は、あなたに拒否されたことで、自由を百年間奪われるという刑罰を受けています」
 は、そんな話、聞いてないんだけど。
「天界の掟はとても厳しく、兄も十分覚悟していたと思います」

 私は納得がいかず、抗議をするために、妹のダニエラに無理やり頼んで天界に乗り込んだ。
「ここは、下界の方が来てよい場所ではありませぬ」
 責任者らしき人は、困惑した顔でそう言った。
「あなたを連れてきた妹のダニエラにも、厳重な処罰が必要ですな」
 私は誰かに付きまとわれるのが嫌なだけで、彼にも妹にも罪はない。
「そう言われましても決まりは決まりですし、元老院に判断してもらわないと」
 じゃあ、元老院とやらに連れて行って下さい。
「まあ、お望みとあれば……」

 天界から帰ると、結局、私につきまとう存在が兄妹の二人に増えただけだった。
 しかし、兄妹は次第に普通の人間になっていき、自分たちで住む部屋や仕事を見つけるようになった。
 そのあとも、週に一回は三人で会って、食事をしながら近況を話し合ったりした。
 中学生になった妹のダニエラには彼氏ができたのに、私とダニエルは縁がなくて、二人で溜息をつくばかりだ。


編集: 短編