第27期 #8

静かなる終焉

2月。
 肌を刺す冷気の中で、初めて抱き合った。「好きだ」耳元で囁く彼の言葉が、冷え切った心の奥底にじんわりと広がった。「彼女がいるくせに」囁き返すと、少し眉を寄せ哀しそうに微笑みながら、繰り返す。「好きだ」
雪の降る中、手を繋いで駅に向かう。頬を刺す冷気が湧き上がる感情を冷ましてくれているかのようだった。

3月。
 初めて一泊旅行に出掛けた。どこへ行くかより、誰と同じ時を過ごすかという大切さを知った。

4月。
 二人きりで車に乗っている所を彼女に、目撃された。彼女は、疑いの眼差しを持っていたが、彼の言葉を信じた。最終的には、目の前の「私」という存在は、彼女には映らなくなった。彼のたった一言で。

5月。
 別れを決めた。彼女の存在が気になる。彼女が本当の事を知った時、その心を思うと彼との秘密の恋を続けるのは到底、無理だと思った。別れをメールで告げる。何て便利な世の中なんだと改めて、感心した。

6月。
 「やり直そう」彼からのメールが届き、虚ろな日々を送っていた私は、それに応じた。二人の秘密の恋が再開した。

7月。
 彼に結婚話が持ち上がる。考える時間が欲しいと彼女には、答えたそうだ。答えは既に出ているだろうに・・・まるで、残された時を精一杯、過ごすかの如く愛し合った。

8月。
 彼女に対して嘘をついているバチが当たったのか、体調を崩した。完治するまで二週間も掛かった。退屈な病床での唯一の楽しみは、仕事の合間に送られてくる彼からのメールだった。

9月。
 結婚話の返事のタイムリミットが近づいていると言う。「彼女を幸せに、してあげてね」笑顔で跳ね除けるしかなかった。「別れたくない」と言う彼。結婚生活に対する男が担う責任、大人としてのケジメを付けるべき時など、あれやこれやと説得する。

10月。
 結婚する事に決めたとの報告。携帯の画面では、心とは裏腹に「おめでとう!お幸せに」祝福の言葉が羅列する。私の秘密の恋は、終わった。

 秋の訪れと共に失恋なんて・・・。何てタイムリー過ぎて、涙もこぼれない。お気に入りの曲を聴きながら、湯船で手足を伸ばす。少しだけ、涙が出た。大丈夫。お風呂から出れば、又いつもの私に戻れる。きっと、大丈夫。いつもと変わらない笑顔を、夫に見せる事ができる。きっと、大丈夫・・・・・・。



Copyright © 2004 時雨 / 編集: 短編