# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 知らんけど | OS | 951 |
2 | 楽陵真珠飯店 | 蘇泉 | 844 |
3 | ピエロ | 病みねこ | 751 |
4 | 昼休みの公園で出会う少女は危険 | euReka | 1000 |
5 | ビートルズ偏在 | 朝飯抜太郎 | 1000 |
自転車に乗ったチュンダに会った。夕方前16時くらいだったと思う。近所の橋のたもとで偶然に。
オフ会で知り合ったのだが本名・年齢・性別・国籍など、属性が不明だ。得体が知れないと言い切ってもよい。けど何か可愛い。
チュンダは僕に気付くと神妙な顔しながら自転車から降りた。僕の1,5倍ある逞しい太ももと185cmの高身長はなかなか迫力がある。
ナマズ髭の下にある赤く塗られた唇をすぼめ「よくある話」を僕にしてきた。
「よくある話なんだけどこの間、蝿がうるさいと思ったらよく見たらスズメバチで。スズメバチだと思ったらマリモみたいな毛玉で。どわーと湧いてそれらが自分の影になって液に体なって壁を覆って闇なったの。それは子宮の中で。夜なっちゃって。星きれいだなて思ってたら朝になってた」
片言の日本語と独特のアクセントと抑揚で話すため、理解しようと聴き入ってしまうが、結局毎回意味がわからない。よくあるんか?唐突すぎんか?と疑問ばかりだ。辛うじて夢じゃね?と返す。
チュンダは地面を見て、不服そうに長い髪とミニスカートを揺らす。川辺に群生する柳がそよいでいる。
か可愛い。
慌てて素早く自分に内在した言葉に置き換える。
「うるさい煩わしい疎ましいと感じ、身を滅ぼすほど危険な要素があると思える事象が一方で実は自分の非常に大切な一部だったり、なったりする事は確かにあるね。自身を構成するものの一部だと気付いた瞬間、それらに守られていたと再認識したり」
いい感じに繋ぎ合わせる。これ合ってるんか?
反応を見ると、まだ下を向いたまま、うーんと長い体をくねらせている。もう一声必要らしい。
「普遍的なものだと思うよ。それぞれの人の様々な事象の積み重ねが歴史となり…」
流石にざっくり過ぎんか?軌跡と言い換えるべき?
「そうなの」
チュンダは嬉しさを隠さない。弾んだ声で顔をあげて僕を見た。それからサドルに颯爽とまたがった。
下着は見えそうで見えない。ここまで話をまとめてるんだ。たまには見えてもいいんじゃないのか。
てかオレ許容量やら対応力すごくね?付き合えんか?
邪念をよそに、じゃまたとチュンダは自転車を走らせようとする。
身体を鍛える為か手放しが通常運転だ。公道は違法なんだけど弱い僕は黙って見送る。垂直を保つ凛々しい背中が遠のいていった。
伝説の極密中華料理、幻の角煮を、食べに行く。
それは、北京料理の原型である「魯菜」、つまり山東料理の本家を継承した楽陵真珠飯店でしか食べられない、しかも年間に100食しか提供されない逸品だ。予約は1年以上前から必須。もう一度言う、幻の角煮を、食べに行く。それが、今に生きる希望である。
9時半に退勤し、ギリギリ終電で帰宅。10時半に家に着き、シャワーを浴びてからスマホを眺める。ニュースに良い話はない。ゲームを起動して30分ほどレベル上げをして、そろそろ就寝。翌朝7時の地下鉄で出勤。それが日常だ。疲れる。
だが、年末に幻の角煮を食べられる。去年、運よく抽選に当たり、予約が取れた。しかも前払い済み。あとはその日を迎えるだけ。毎日が辛くても、それを思うと頑張れる。そして、その日が近づいてきた。
ついにその日が来た。
楽陵真珠飯店の扉をくぐると、威厳ある雰囲気と香ばしい香りが迎えてくれる。歴史を感じさせる柱、壁に飾られた伝統料理の写真。案内された個室で待っていると、ついに給仕が料理を運んできた。
「お待たせしました。こちらが幻の角煮でございます。」
箸でつまむと、ふわりと崩れる肉。口に入れると、柔らかさ、甘辛いタレ、脂身のバランスが完璧に溶け合い、全身が幸福感に包まれる。これを味わうために1年待ったのだ。そして、その価値があった。
すべてを食べ終えた帰り際、小さなガラスケースが目に入る。「幻の角煮に使用される秘伝のタレの材料については非公開ですが、ここだけの話……“特別な香辛料”が含まれています。」そんな手書きの札が飾られていた。
翌日、職場でその話をすると、同僚が言った。
「楽陵真珠飯店? 聞いたことないな。」
スマホで検索するも、情報は出てこない。予約確認メールも写真も、すべてが消えていた。
――だが、不思議なことに、その味だけははっきりと覚えている。
幻かもしれない。それでも、もう一度食べたいと思える。それだけで、また頑張れる気がする。
楽陵真珠飯店。あの幻の角煮を胸に、今日も私は働くのだ。
僕はピエロ。
皆を楽しませるのが仕事。
いつも笑顔だから、自分の感情がわからなくなった。
僕は幼い頃に捨てられた。
それを見つけた団長が僕を拾ってくれたんだ。
団長は僕に色々な経験をさせてくれた。
猛獣使いや空中ブランコ、ハンドtoハンドやデスホイール。
どれも楽しかった。
世の中の子のように学校には通えなかったけど、サーカスに必要なことは何でも教えてくれた。
小さい頃、僕は売れっ子だった。
まだ若いのに危険なことを平然とこなすから。
ライオンに食べられそうになったこともあるけど、なんとか免れた。
でも、僕はもう小さくない。
僕はもういらないんだって。
団長に捨てられた。
お金がないから。育ち盛りの僕は負担なんだって。
それから僕は、働く場所を探した。
そして見つけたのは、ピエロのバイト。
なんと三食部屋付き!
誰がなんのためにやっているのかは分からないけれど、あの時の僕にとってはまさに救いの手だった。
それから僕は毎日ピエロになった。
ある時は遊園地
ある時は幼稚園
ある時は大道芸の幕間
自分の感情を殺して、いつでも笑顔でいた僕にはピッタリの仕事だった。
僕の姿を見て泣き出してしまう小さな子もいたけれど、沢山の人が笑ってくれた。
楽しんでくれているんだと思っていた。
でも、ある日気づいてしまったんだ。
あれは、あの笑顔は「自分より下の者を見て安心する顔」だと。
同じ立場じゃなかったこと。
馬鹿にされていたこと。
初めて人を憎いと思った。
羨ましいと思った。
嫌いだと思った。
僕はサーカスにいた時「可哀想な子」として注目を浴びていた。
憐れむように拍手されていた。
僕は搾取されていただけだった。
もう、辞めてしまいたくなった。
だけど、そんなお金もないからバイトを続けていた。
僕はピエロ。
人への醜い感情を殺して、自分すらも騙す。
そんな偽りだらけのピエロ。
「ねえ、一緒に遊んでよ!」
昼休みに公園のベンチに座っていたら、小さい女の子がそう話し掛けてくる。
私は腕時計を見て、五分だけならいいよと。
「じゃあ、この木の枝を投げるから、拾ってきてね」
女の子の投げた木の枝は、ベンチから五メートルぐらい先へ。
私は、首をかしげながら小走りで木の枝を拾い、すたすたと戻って女の子に木の枝を差し出す。
「よくできましたね!」
そう言うと女の子は、小さな手で私の頭をなでた。
次の日の昼休み。
「今日はね、投げた木の枝を、口にくわえて欲しいの」
それは無理です。
「一回だけでいいの。犬のペロが死んでからあたし病気になって、ずっと外に出られなくて……」
まあ……、一回だけならね。
「ほらっ! くわえてきなさい!」
その後、私は昼休みの公園に現れる女の子の要求に抗えず、犬の首輪まで付けられた。
私は首輪のせいで、勤めていた会社で変な人間のように思われ、仕事のミスも増えて、結局失業してしまった。
「じゃあ、あたしの犬になりなさい。あなたの首輪は、死んだペロの首輪なのよ」
私は君のペロじゃない。元に戻して欲しい。
「あなたは首輪を付けた瞬間からあたしの犬なの。ふふふ。そういう魔法なのよ」
私はだんだん人間から犬の姿になっていき、まともな社会生活ができなくなった。
「今のあなたはただの犬で私の役には立たない。だから魔法の修行をしてもらいます!」
私は山奥の道場に放り込まれ、人格が最悪な師匠や先輩に毎日イジメられた。
修行は、人権を完全に無視した理不尽な暴力の世界で、私は毎日死にたい気持ちになった。
でも、生きていれば何とかなるさと道場で友達になった奴にはげまされたり、道場で雑用を強いられる可憐な少女に恋をしながら、結局、百年ぐらい修行を続けたあと、ようやく魔法の初級免状を貰うことができた。
「おかえりなさい。修行はどうだった?」
百年過ぎても、女の子は昔の姿のままだ。
「この世界は、百年前の世界戦争で終わったの。魔法を持たない者にはとても生きられない世界だから、あたしの魔法犬になったほうがマシだと思ったのよ」
でも、私は君の犬じゃなくて人間に戻りたいんだ。
「もう人間は存在しないから、戻るのは無理よ」
でも、人間の姿をしている人々が、少し残っているじゃないか?
「ああ、彼らはね、すでに人間の言葉を失ったただの動物よ。ただ生き残るのに必死で、言葉を失ったのね」
世界中でビートルズの幽霊が出るようになって四年が経って、みんなもう自然にそれを受け入れているようにみえる。
出てくるのは、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの四人、1962年10月にザ・ビートルズとしてデビューした四人だ。彼らは若くて、一人だったり全員だったり、歌ってたり何もしてなかったり。ネットで調べると、わんさか目撃談が出てくる。
落ち込んでいたらポールがなぐさめてくれた。同窓会でジョン・レノンと肩を組んで歌った。葬式のお経と一緒に生演奏の「ゲット・バック」が流れていたとか。
ビートルズの幽霊は体が透けていて、肩を組んだりできるけど、すり抜けることもある。声も聞こえているような気もするけれど、こちらの言葉は大体無視される。幽霊と言ったけど、まだポール・マッカートニーも、リンゴ・スターも生きているし、よくわからないデタラメな現象という感じだ。ちなみにポールとリンゴの前にはまだ現れてないらしい。
僕はこの現象の原因は解明されないだろうと思う。
ただこの現象が、世界を少しだけ優しくしてくれたらいいなと思っている。
僕の両親の話をする。
僕のパパは職場の人と浮気をしてしまって、それでママと喧嘩して、結局離婚はしなくて、でもしばらくして、パパの心が限界になって働けなくなった。
その日の夜、僕とパパがリビングでゲームをしているときに、ママが仕事から帰ってきた。シンクにはパパが洗うはずだった夕食のお皿が残っていて、ママはそれを見て何かパパに言った。僕はまずいなと思ったが何もできなかった。ママが大きなため息をついて、パパはぎゅっとコントローラを握って立ち上がり、ビートルズが「イエスタディ」を歌った。
優しい音楽だけの時間が流れ、やがてパパが「ごめん」と言うと、ママは小さく何かつぶやいて二階に上がっていった。
ビートルズはリビングで歌い続けていて、パパはそれを聞きながら洗い物を始めた。
僕はそのとき、最初からビートルズがいてくれたらと思った。何かを決定的に壊してしまう前に、みんなが少しだけ落ち着いて、少しだけ優しくなれたら。
僕はそんな風に勝手に考えて、嫌な奴に嫌な顔で嫌なことを言われたときでも、まずビートルズを思い出してから、殴りかかることにしている。ビートルズがいる場所で、ビートルズの歌を聞きながらやるべきことって、そんなに多くない。