第266期 #5

ETC/一般

「であんた今何やってんの」
「ETCの番頭」
 聞けば彼女は高速道路の料金所で働きだしたのだという。
「でもあんた免許持ってないじゃん。車に興味持ちだしたとか?」
「全然」
 自転車で片道40分。彼女が働くインターは市内から市外に出入りする場所に設置されており、一日の交通量はわりと多い。と言ってもほとんどは朝夕の通勤ラッシュ時に集中し、しかもだいたいの車がETC車載器付きであるため彼女はただ左から来た車がゲートをくぐって右に出るのを見ている。
「そこってお化けインターじゃん、夜勤とか怖くない? ゴーストドライバーの話あるよね」
「大丈夫だよ。私そういうの信じないし。それに、車に誰が乗ってるかなんて、気にしないよ」
 仕事にも慣れたらしく、最近は目の前を通りすぎる車たちの色だけを確認している。
「顔もね、車種も、ナンバーも、全部混ざり合ってなんか車が一つ一つの色のように思えるのね、それがびゅんってゲートからスピードを上げて高速に打ち上げられていくの。しばらく見てると、目の裏側で車が花火みたいに広がっていく」
「贅沢な時間の使い方だねえ」
 事実、午前10時頃になると車通りは少なくなり、彼女には本を読む余裕さえあるという。
「さすがに読まないけどね」
 ただ、コーヒーなんかを飲みながら、やり過ごす。

「実はね、ある車が通るのを待ってるの」
 その車は、ありふれた黒のコンパクトカーだという。特徴を詳しく聞いても要領を得ず、四つタイヤが付いているくらいしかわからない。車種もブランドも知らないが彼女はしかし、「見たら絶対にわかる」と断言する。
「誰が乗ってるの」
「昔の旦那」
「え、あんた結婚したことあったの。てか何その話、ストーカーかなんか? ちょっとヤバいやつじゃん」
 彼女は笑ってうなずいた。

 料金所で本を読む彼女の前に一台の黒い車が停まる。ウィンドウを開けて通行券を取ろうと差し出された男の手に彼女は自分の手をそっと置く。男は手を握り締めて強く引き、彼女は料金所から飛び出して二人は口づけを交わす。男そのまま彼女を助手席に乗せて高速道路を一緒に飛んでいく。そんなことを考えながら、彼女は目の前を走り去る黒い車の後ろを物陰から見ていた。いってらっしゃいをすんでのところで飲み込んで、車が消えた後も目をつぶってその軌道を思い描き、やがてそれが高速道路上で一つの点となり、消えてしまったのを見届けて、さようならと呟いた。



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