第264期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 ループ 病みねこ 607
2 曲がり角 たなかなつみ 1000
3 これって恋ですか? 朝飯抜太郎 1000
4 病気 蘇泉 180
5 わたしも今夜、あなたのことを考えながら眠ります euReka 1000

#1

ループ

「別れよう」
唐突に言われたその五文字は私の全身を巡る。意味がわからなかった。それまで私達は普通に会話をしていたはずだったのに。過去と同じように私が薬の過剰摂取をして、彼女がいつも通りやった理由を聞いてきて、私が理由を言って、そうなるはずだった。のに、どうして。私が答える暇もなく次々とメッセージが送られてくる。
「もう耐えられない」
私の心はもう限界だった。喉はツンと締め付けられるし、胸は苦しい。涙でメッセージは滲んで見えた。
「わかった。」
そう答えるので精一杯だった。
「ありがとう。ブロックするね。」
私達の関係は終わった。『好きだった』なんてありきたりな事は言われなかった。君はそんな人だった。嗚呼、そんな人だったよ、君は。
君は優しくて、時に人を傷つけるほど優しくて、私はその残酷な優しさが好きで、私のことだけは傷つけない優しさが好きで、でも最後は。ねえ、君はそんなふうに人を傷つけるんだね。今まで我慢してたのかな。ごめんね。ごめんなさい。もう届かないのに、送っていた。
数日たった。君と別れてから数日経ってしまった。あの日はご飯が喉を通らなかった。一食も食べなかった。数日経って、ご飯は食べれるようになった。でも、それだけ。中身は何も変わっちゃいない。別れてたった数日で恋人ができても、中身は何も変わってない。今でも、元カノのことが忘れられないし好きだ。それでも、いいのかもと思えた。
だって、私には優しい君がいるから


#2

曲がり角

 見たくないものに限って、突然見つかるものなのだ。
 それは母が大事にしていた写真で、小さなアルバムに挟んであるうちの一枚だった。そこに写っている若くして亡くなった伯父は、年の離れた母の兄だ。幼い頃に二三度見たきりで、話をした記憶はない。ずっと写真のなかの人でしかなくて、実在の人物だという感覚があまりなかった。
 「そりゃぁ、雛には稀な格好いい人だったのよ」
 同じ町で育った父の妹である叔母が言う。父は伯父と同級生で、それなりに行き来があったらしい。
 「声をかけようにも学生時代から雲の上の人でね。気さくな人ではあったけど、話をするときはめっちゃ緊張したー」
 幼い頃から何をするにも才気があった伯父には野心があり、高校卒業と同時に家を出た。働きながら大学に通い、資格を身につけ、転職を経て出世街道に乗った。たまに帰省するときには驚くほど豪華なお土産をたくさん持ってくるのが常だったらしい。
 それが、呆気なく出張先で客死し、実は闘病中だったとわかった。
 記憶のない伯父の姿は、私のなかでずっとおぼろだ。褪色した写真の像は動かない。自身とつながる体温までを感じ取ることはできない。
 まるで知らない人の肖像画だ。
 それが、突然、実在の人物に見えた。なんのことはない、伯父の享年にわたしが追いついたのだ。
 自分とはまったく経歴の異なる人だ。けれども、この歳でこの人物が突然亡くなったこと、それが自分に地続きの伯父であること、その事実に私は引き寄せられた。
 当時の流行などは私にはよくわからず、叔母の言う「雛には稀な格好いい人」のイメージは不明だ。けれども、この写真が撮影された一か月後には、もうこの世には居なかったのだ。人生を謳歌しきっているように見える、華やかな笑顔のこの男性が。
 「口を開けたら仕事のことばかりで、普段何を考えてるのかとか、聞いたことなかった」
 そう、母が言う。
 「もっといろいろちゃんと話しとけばよかったと思う。でも、自分にとっても遠い人だったし、話し相手としてはうちじゃ不足だったかなって」
 勿体ないことをした、と、母は小さく笑んで嘆息した。
 先日、重い病が見つかった。母にはまだ話していない。今まではあまり気にしたことのなかった伯父の話をぼんやりと聞きながら、自分はいったいどう生きたかったのだろうと、道に迷っている。何であれ、この先の選択をするのは自分自身だ。何が待っていようとも。


#3

これって恋ですか?

 保険だよりの原稿を書き終えて、健康診断のデータをまとめていると、保健室のドアがノックされた。
「風ちゃん先生、いい?」
 と男子生徒の顔がのぞく。2年の加藤芳樹だ。
「少し、頭が痛くて……」
 私は加藤の熱を測り、ベッドに寝かせて、また事務作業に戻った。
「先生、あのさ……」
「んー?」
 私はくるりと椅子を回転させて、加藤に向き直った。
「こっち、向かなくていいから! 仕事しながらで」
「……ああ」
 慌てる加藤に、何だ何だと思いながらも私は机に向き直る。
 やがて加藤がぽつりと言った。
「俺さぁ……最近変なんだよね」
「頭が?」
「ちがうよ! その、気になるヤツがいてさ……」
 ほう。
 私は直ぐに向き直りたいのを我慢して、後ろの声に集中した。
「何ていうか、そいつのことを考えるだけでさ、心臓の音がバクバクって、すごくうるさくてさ。今もなんだけど」
 うんうん。
「これってさ……もしかして」
 うん。そう。それはそう。
「不整脈かな」
「……手首に指当てて、脈を測るよ。よーい始め」
 20秒待ち、
「何回?」
「25回。脈って、結構規則正しいもんなんだね」
「うん。正常だね」
 私はデータ整理に戻る。
「あー、ごめん勘違いかも」
 うん。そうだね。
「たぶんさ、そいつにドキドキするというよりさ、そいつが持ってた血まみれの包丁にドキドキしたというかさ」
「それ、いつの話ぃ!?」
 回りすぎた椅子の回転を両足で踏ん張って止める。
「一週間前。部活の帰り」
 瞬間的に最近のニュースの情報をスキャンする。あの通り魔殺人だ。確か目撃者がおらず犯人は見つかってない……。
 私はすぐに教頭に電話し、教頭から警察に連絡され、すぐに警察がくることになった。
「加藤君、もうしばらく保健室に残れる?」
「うん、あとさ」
 話を聞いていたはずなのに、温度の変わらない加藤に私はビビる。これが何とか世代か。
「うちのクラスに転校生来たんだけど。めちゃイケメンで頭もよくてさ」
 ああ、あのハーフの人生約束済君ね。
「なのに関西弁でさ、いつもくだらないこと言って俺に絡んでくるの。それで面白くて仲良くなったんだけど」
「良かったじゃない」
「うん。それはいいんだけど、そしたら直昭の奴がさ」
「加藤君といつもコンビの」
「そう。そいつがやたら突っかかってきてさ。あいつに近づくな!って怖い顔で。これってさ」
 それは……。
「やっかみ、って言うんだよね。たしか」
 それが恋だよッ! 加藤君!


#4

病気

子 :パパ、「病気」って何?
パパ:体の調子が悪くなることだよ。
子 :「調子」って何?
パパ:そうだな。確かに100年前の3428年に、人類は病気をなくしたから、今の人は「病気」って言葉を知らないんだね。パパも病気になったことはないよ。
子 :パパ、パパ、「病欠」って何?
パパ:「病欠」っていうのは、病気で仕事や学校を休むことだよ。
子 :パパ、パパ、「仕事」って何?


#5

わたしも今夜、あなたのことを考えながら眠ります

 箱ティッシュの最後の一枚に、『わたしはここに存在します』という文字が書かれていた。
 一センチほどの活字で印刷された文字だ。
 私は鼻をかみたかったが、その一枚を使うのはためらわれたのでトイレの紙で用を済ませ、あらためてそのティッシュを眺めてみる。
 もしかすると箱の中に何かがあるのかと思って、中を覗いたり、カッターで箱を切り開いたりしてみたがとくに何も見つからない……。

 急に話は変わるけど、十年後に戦争が始まって、私は戦場で銃を握る毎日を過ごしていた。
「そいつ童貞のまま戦場で死ぬのは嫌だっていうからさ、じゃあ絶対死ぬなよって励ましてやったんだよ。そしたら、戦争がなくても女性と出会う機会がなかったら童貞のままだって泣き言をいうから、俺も立派な童貞だから心配するなって言ってやったら、そいつクスッと笑って、三時間後に頭に銃弾くらって死んじまった。これって笑い話になるかな? 戦場にずっといると、何が笑えるのか分からなくなってさ」
 そんな話をする兵士の首に掛けられたタオルには、よく見ると『わたしはここに存在します』と印刷されている。
 私は急に十年前の記憶を思い出し、タオルを彼の首から取り上げて、いったいこの文字は何なんだと詰め寄った。
「まあ落ち着けよ。『わたしはここに存在します』ってフレーズ、昔ネットで流行ったよね?」
 知らない。
「ティッシュにその文字が印刷されていたら、地球一周旅行が当たるとか、一兆円貰えるとか……」

「はあ、十年も前のことですし、当社では過去にも世界一周旅行などのキャンペーンはないかと」
 ティッシュの会社に電話すると、オペレーターの彼女は困惑したように対応する。
「勝手な想像ですが、『わたしはここに存在します』とは、社会からの疎外や孤独を訴えるもので、世界一周旅行とか一兆円では埋められないものでは?」
 私は今戦場で戦っていて明日死ぬかもしれないのです。ただ、言葉の意味を知りたくて。
「わたしも今夜、あなたのことを考えながら眠ります。どうか心を落ち着けて……」

 戦争が終わった後、『わたしも今夜、あなたのことを考えながら眠ります』と印刷されたTシャッツを着た子どもが焼け野原の街を歩いていた。
 オペレーターの彼女はどうなったのか子どもに聞くと、空襲で黒焦げになって死んだよと。
 ははは、これは笑える話なのかよく分からなかったが、私は地面に寝そべって痙攣しながら笑い続けた。


編集: 短編