第263期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 ノートさん 蘇泉 840
2 哀れなる者たち 三浦 1000
3 もう恋なんてしない 夏目ジウ 1000
4 アウラカチューレ euReka 1000
5 夜に見る夢 たなかなつみ 1000

#1

ノートさん

「ノートさん、最近来ないね。」
「うん、来ないですね。」

ノートさんはこのカフェの常連さんだった。去年から週3回のペースでこのカフェに来ていて、いつもノートパソコンで作業していたので、彼につけたあだ名は「ノートさん」だ。彼は大体2、3時間滞在するが、長くいるときは2杯目も注文する。そんな姿をよく見かけた。

ノートさんは我々店員にも優しかった。話を聞くと、受験用の動画を作ってネットにアップするのが生業らしい。だからカフェで作業するのかもしれない。羨ましい仕事だなと思った。たまに小さいトラブルがあっても、ノートさんは一度も怒ったことがなかった。

しかし、今年の夏になってから、ノートさんは一度も来ていない。

引っ越ししたのかな、仕事を変えたのかなと、店員の間では話題になったが、本人が来ないから、別に探して理由を聞くことまではせず、そのまま日々が過ぎていった。

ところが、ある日、同じ町の少し離れたところにあるカフェに友達と会いに行ったとき、「あれ、この人、姿が懐かしい!」と思ったら、ノートさんがそのカフェで作業しているのを目撃した!

私は何も考えず、急いでノートさんのところにダッシュして、ズバリ聞いた。「なんでウチに来ないんですか!」

ノートさんは大びっくりして、敵に見つけられたうさぎみたいな顔をして、「ごめんなさい!!」と叫んだ。

私は追い詰めるようにして、「だから、なんで来ないんですか!」とさらに問い詰めた。

ノートさんは、悪いことをした生徒が先生に怒られているような顔をして、こう説明した。「最初は偶然この店を見つけて、コーヒーが美味しいと思って、数回通ったんです。それでしばらくあなた達の店に行ってなくて、行ったらしばらく来てない理由を説明する必要があると思って、なんか浮気してるみたいで、行くのが怖くなってしまって……それでだんだん行けなくなり、結局店の前を通ることすら怖くなってしまったんです。」

こう聞いた私は、ノートさんの目を見つめて、「二股すればいいじゃない!」と言った。


#2

哀れなる者たち

 大好きって言われて幸せだった。全部好きだと言われて幸せだった。ずっと一緒にいたい、一生そばにいる、先に死なないでほしい、いつまでも笑い合いたい、と言われ、幸せだったんだとにかく。
 頭がお花畑だ虫が涌いてると揶揄されても痛くも痒くもなく、寧ろ誇らしかった。愛される価値を知らぬまま息をする哀れなる者たち。質問はいつも、お相手の年齢は? 容姿は? 職業は? 性別は? 離婚歴は? そんなところに愛はないのに役に立たない項目でグラフをこさえて比較検討する哀れなる者たち。
 哀れなる者たちはラベリングされたパーツの継ぎ接ぎでできている。見える者には粗雑な縫い目が明らかだが奴らにはどうやら見えないようだ。字は読めるが文意は掴めない。つまり会話が成り立たない。会話が成り立たないところに愛は生まれない。それが奴らにはわからない。
 哀れなる者たちが私に石を投げる。愛を知らぬ者だけが私に石を投げよ。だから投げられる。礫の一つが頭に当たり血が流れる。頭からの出血は見た目よりも酷くはない。だが私は意識を失う。
 目を覚ませばそこは、アステカの神殿を模していると思えなくもないベニヤと段ボールで作られた跳び箱のような工作物を中央に据えた、物流倉庫然とした建物の中だった。私はティーシャツの袖に鉄パイプを通した即席担架に乗せられて神殿の頂上まで運ばれるところのようだ。奴らは言語とは思えない喚きを言語のように発していたが恐らくはこの仮装にあわせた悪ふざけの一環なのだろう。気の利いたことをしているつもりなのだ。担架が跳び箱の頂上で下ろされ、何かのアニメキャラらしい少女の面を被った神官役が祝詞っぽく喚き始める(神殿は小さいので頂上にいるのは私と神官役だけだ)。そして私の胸を鷲掴みにし、その上から唾を吐きかけた。直後、倉庫がびりびり震えるほどの歓声が轟き、調子づいた神官役が私に唾を吐く度に場内は熱狂する。しかし誰も私に注目していない。熱狂の渦中にいながら私はいないことにされている。
 神官役の股間目掛けて足を上げたその時、倉庫の天井が割け、いや、極上の後光と共に赤い肌をした金髪の巨躯が静かに舞い降りた(浮いてる!)。手に握った光り輝く円盤をそれが一振りすると、哀れなる者たちの胸から何かが飛び出した。蛙かと思ったが違う。動いている心臓だ。そしてもう一度、円盤が一振りされると、一斉に心臓が弾けた。私の心臓も、また。


#3

もう恋なんてしない

「聴いて欲しいことがある」
 LINEにメッセージを送ってきた君の絵文字は大量の涙が動いていた。
 思い悩んでいるなんて想像できなかった。君はイケメンでスポーツ万能、勉強も出来る。非の打ち所がない誰もが羨むほどの才能溢れる人間だからだ。君が失恋した?誰もが恋愛に絶望感を抱いて、さらには生きることすら嫌気がさすぐらいの衝撃ではないか。僕たちの生きる希望とか期待みたく太陽のような存在なんだから。君は。
 指定された場所は神保町にある『生きる』という純喫茶店だった。昭和レトロチックで古びた印象でどちらかと言うと、普段あまり行かないタイプの雰囲気だった。僕たち平成生まれなのにね、と僕を見て君は言った。
 「何があった?」こう訊くまで結構時間がかかった。
 君は笑った。
 「いわゆる、アレで」
 指で✖️印の仕草を見せた。やっぱり話したくないのか。まあ、そうだろう。
 こんなにも君と目があったのは初めてかもしれない。目は口ほどに物を言う、悲しいまでにそんなフレーズが頭の中で浮遊した。
 「バイト先の優しい先輩に振られた・・・」
 「えっ?」
 「だから、失恋したんだって」
 数十秒の短い会話だった。
 あれだけ逡巡した僕の君への想い。嫉妬するぐらいの人望と人間力。全てが覆されたような気持ちになった。
 「優しいって、どのくらい?」
 目を真っ赤にした君に向かって訊いた。
 「デートしている時も、俺の目を見て話しを聴いてくれた」
 別に普通じゃないのかと思いつつ、頭の中では優しい年上の女性を想像していた。
 「背が高くて、髪がサラサラで、綺麗で」
 こう言うと君はまた大粒の涙を流した。
 タイプだったんだろうな、と憐みの思いを抱きつつもデートしたこと自体羨ましかった。年上女性で優しいって男なら誰でも憧れる。悩んだら甘えられるし、困ったら食事だって奢ってくれるだろうし。
 「--付き合いたかった」
 君の呟きは純喫茶『生きる』の空間を少しの間支配した。
 僕は天を仰いだ。お店に入って、まだ注文をしていないことに今さらながら気づいた。奥から僕たちを覗き見る店員さんらしき年配の女性も目を赤く腫らしていた。
 「いらっしゃいませ」
 注文を訊く気が無いのか、人として居た堪れなくなったのかは分からない。年配女性店員の明らかなまでの微妙な雰囲気は君の恋みたく盲目で背筋が凍るほどに淋しく、また刹那さが漂っていた。


#4

アウラカチューレ

 私は、牛の背中にまたがっており、目の前には田園風景が広がっている。
「ねえ、アウラカチューレはまだなの?」
 声に振り返ると、一人の少女が私の腰にしがみついている。
「あたし、昨日から何も食べていないのだけど」
 そういえば子どもの頃、泣いている私にキャンディーをくれた親切な叔母さんがいたなあと思い出して、上着のポケットを探すとそれらしきものがあった。
「なんか古くてベトベトするけど、甘いからまあいいわ」
 アウラカチューレとは何かという疑問はあるが、私も空腹だ。
 そこで牛の歩みを止め、近くにいた農夫に声をかけて食べ物を分けてくれないかと頼んでみた。
「何か交換するものはあるかい? タダというわけにはね」
 それはそうだと思って探していると、腰の巾着袋にキラキラした小石が沢山入っているのを見つけた。
「おい、この石一つで村ごと買えるよ! 俺は採掘場で働いてたから知ってる。おい、みんな集まれ!」
 私はトラブルの予感がして、急いでその場を立ち去った。

「カチューレを下民に見せるなんて、あなた馬鹿なの? きっと追手が来るわ」
 そういうことは先に知りたかったが、そんなもの追手にくれてやればいい。
「あなたはカチューレをアウラ王へ届ける任務を忘れたの? 一番間抜けそうな人間のほうが警戒されないという戦術だったのにね……」
 私は牛から下ろされ、少女の乗る牛を見送った。

 まあいいさと私は思ったが、とにかく腹が減っていたので、村人に頼みこんだら何とか仕事と食べ物を貰えた。
 でも、他にいた奴隷と同じ部屋へ押し込まれ、重労働と、酷い食事と、馬小屋の寝床しか与えられなかった。
 生まれて初めてムチで打たれた。

 私は一カ月で農園を抜け出して、近くを進軍していたアウラ王討伐隊に加わり、みごとに王を倒した。

「このままだとあたし奴隷や性の道具にされちゃう。ねえ助けてよ」
 かつての少女は、縄に縛られながらそう私に懇願する。
 私は少女にツバを吐き、これは私が貰うぞと周りに言って自分の奴隷にした。
 王の討伐隊は、新しい王座やカチューレを狙う連中ばかりだったので、奴隷の扱いなど誰も興味はない。

 私は王都の外へ少女を連れ出し、縄を解いて、どこへなりと行けと言った。
「それで正義のつもり? ツバ臭いんだけど」
 助けてやらなきゃよかった。
「あたし、あなたを元居た世界に戻す方法を知っているわ」
 元居た世界はもっと酷いから、もういいよ。


#5

夜に見る夢

 おまえはいつも夜中にやって来る。こちらが寝入っているところに平気で近づき、がさごそがさごそと喧しい。知らぬふりで寝続ければよいものだが、いつまで経ってもがさごそが止まらない。頭重で鬱陶しく思いながら、なんだいったいどうしたんだと、叱りつけるように荒い声を出す。おまえは一向に気にしない様子で、別に何でも、と口の中でぼそぼそとこたえる。何でもないのであればとっとと行け、寝ていたところを夜の夜中に起こされてはかなわない、こちらは明日も仕事があるのだ。さらに声を荒らげてそう告げるが、やはり意に介さぬ様子で、寝ていてくれてまったく構わないと、当然のことのようにこたえる。こちらの眉間には大きく皺が寄る。おまえはいつもそう言うがな、おまえにとってはどうでもよいことが、こちらにとっては重荷になるのだ、嫌がらせでないのなら、一刻も早く行ってしまえ。寝返りを打ちながら呪詛のように言葉を吐くが、やはりこちらの面倒に気付く様子はない。別になんということはない、ただちょっとあんたの顔が見たかったのだ、あんたのそばにいたかったのだ、こういう真っ暗な夜は息が止まる心地がする、自分以外の皆が死に絶えて、自分ばかりが胸苦しい思いで夜をさまよっている気がする、ただあんたが寝ているそばにいたかったのだ、あんたの安らかな寝息を聞いていたかったのだ。そんなことをぼそぼそとぼやき続けるので、ため息しか出ない。おまえのせいで目が覚めちまったし、聞きたがっていた寝息はもう聞けないのだ。おまえは、ふっ、ふっ、と笑いながら言う。あんたがそうして元気に気を吐いてくれるから、自分も形のない煙などではなく、しっかりとここにいる気がする、それでこれから先だってずっと共にいるのだ、あんたもそう思うだろ? おまえが布団のそばでずっとがさごそし続けているのを、こちらはただ見守るしかない。いつになったらもうこの世にないその身に気付くのか。おまえの手にあるものも装束も全部、黄泉路のためにおまえの家族が用意してくれたものだ。けれども途端に重くなる口がそれだけは伝えられない。おまえは明け方までのらくらとそばに居続け、夜明けとともに白々と消えていく。今夜こそもうここへは来ず、行くべきところへ向かえよ。そう願いながら、来ないなら来ないできっとどうしようもなく虚しい心持ちになるのだろうと、重い頭でやっとまた寝入りながら、ただおまえの夢を見る。


編集: 短編