第263期 #3

もう恋なんてしない

「聴いて欲しいことがある」
 LINEにメッセージを送ってきた君の絵文字は大量の涙が動いていた。
 思い悩んでいるなんて想像できなかった。君はイケメンでスポーツ万能、勉強も出来る。非の打ち所がない誰もが羨むほどの才能溢れる人間だからだ。君が失恋した?誰もが恋愛に絶望感を抱いて、さらには生きることすら嫌気がさすぐらいの衝撃ではないか。僕たちの生きる希望とか期待みたく太陽のような存在なんだから。君は。
 指定された場所は神保町にある『生きる』という純喫茶店だった。昭和レトロチックで古びた印象でどちらかと言うと、普段あまり行かないタイプの雰囲気だった。僕たち平成生まれなのにね、と僕を見て君は言った。
 「何があった?」こう訊くまで結構時間がかかった。
 君は笑った。
 「いわゆる、アレで」
 指で✖️印の仕草を見せた。やっぱり話したくないのか。まあ、そうだろう。
 こんなにも君と目があったのは初めてかもしれない。目は口ほどに物を言う、悲しいまでにそんなフレーズが頭の中で浮遊した。
 「バイト先の優しい先輩に振られた・・・」
 「えっ?」
 「だから、失恋したんだって」
 数十秒の短い会話だった。
 あれだけ逡巡した僕の君への想い。嫉妬するぐらいの人望と人間力。全てが覆されたような気持ちになった。
 「優しいって、どのくらい?」
 目を真っ赤にした君に向かって訊いた。
 「デートしている時も、俺の目を見て話しを聴いてくれた」
 別に普通じゃないのかと思いつつ、頭の中では優しい年上の女性を想像していた。
 「背が高くて、髪がサラサラで、綺麗で」
 こう言うと君はまた大粒の涙を流した。
 タイプだったんだろうな、と憐みの思いを抱きつつもデートしたこと自体羨ましかった。年上女性で優しいって男なら誰でも憧れる。悩んだら甘えられるし、困ったら食事だって奢ってくれるだろうし。
 「--付き合いたかった」
 君の呟きは純喫茶『生きる』の空間を少しの間支配した。
 僕は天を仰いだ。お店に入って、まだ注文をしていないことに今さらながら気づいた。奥から僕たちを覗き見る店員さんらしき年配の女性も目を赤く腫らしていた。
 「いらっしゃいませ」
 注文を訊く気が無いのか、人として居た堪れなくなったのかは分からない。年配女性店員の明らかなまでの微妙な雰囲気は君の恋みたく盲目で背筋が凍るほどに淋しく、また刹那さが漂っていた。



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