第263期 #2

哀れなる者たち

 大好きって言われて幸せだった。全部好きだと言われて幸せだった。ずっと一緒にいたい、一生そばにいる、先に死なないでほしい、いつまでも笑い合いたい、と言われ、幸せだったんだとにかく。
 頭がお花畑だ虫が涌いてると揶揄されても痛くも痒くもなく、寧ろ誇らしかった。愛される価値を知らぬまま息をする哀れなる者たち。質問はいつも、お相手の年齢は? 容姿は? 職業は? 性別は? 離婚歴は? そんなところに愛はないのに役に立たない項目でグラフをこさえて比較検討する哀れなる者たち。
 哀れなる者たちはラベリングされたパーツの継ぎ接ぎでできている。見える者には粗雑な縫い目が明らかだが奴らにはどうやら見えないようだ。字は読めるが文意は掴めない。つまり会話が成り立たない。会話が成り立たないところに愛は生まれない。それが奴らにはわからない。
 哀れなる者たちが私に石を投げる。愛を知らぬ者だけが私に石を投げよ。だから投げられる。礫の一つが頭に当たり血が流れる。頭からの出血は見た目よりも酷くはない。だが私は意識を失う。
 目を覚ませばそこは、アステカの神殿を模していると思えなくもないベニヤと段ボールで作られた跳び箱のような工作物を中央に据えた、物流倉庫然とした建物の中だった。私はティーシャツの袖に鉄パイプを通した即席担架に乗せられて神殿の頂上まで運ばれるところのようだ。奴らは言語とは思えない喚きを言語のように発していたが恐らくはこの仮装にあわせた悪ふざけの一環なのだろう。気の利いたことをしているつもりなのだ。担架が跳び箱の頂上で下ろされ、何かのアニメキャラらしい少女の面を被った神官役が祝詞っぽく喚き始める(神殿は小さいので頂上にいるのは私と神官役だけだ)。そして私の胸を鷲掴みにし、その上から唾を吐きかけた。直後、倉庫がびりびり震えるほどの歓声が轟き、調子づいた神官役が私に唾を吐く度に場内は熱狂する。しかし誰も私に注目していない。熱狂の渦中にいながら私はいないことにされている。
 神官役の股間目掛けて足を上げたその時、倉庫の天井が割け、いや、極上の後光と共に赤い肌をした金髪の巨躯が静かに舞い降りた(浮いてる!)。手に握った光り輝く円盤をそれが一振りすると、哀れなる者たちの胸から何かが飛び出した。蛙かと思ったが違う。動いている心臓だ。そしてもう一度、円盤が一振りされると、一斉に心臓が弾けた。私の心臓も、また。



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