第26期 #22

廊下の女

 金と権力に目のくらんだ女達が社交と称して自分を売り込みに来る最悪の宴から、やっと開放された。こんなくだらない宴を続ける事が私の義務だというのなら、金、権力、女。全て欲しいヤツが持ってゆくがいい!
 だがこんな日に限って、意外な女が私の行く手を阻み、呟く。
「私はあなたの慰みものではない。誇りを捨ててあなたの上に跨るのは簡単だが、そのためにここにいるわけではない」
 私は冷笑した。女の意志がどうであれ、私がそうしろと命じたときから女は、この廊下でただ私が立ち止まるのを待つ日々を運命づけられた。それが真実なのだから。
 しかしながらこの女、顔に似合わずずいぶん卑猥な言葉を吐くものだ。その変貌ぶりには感心さえする。夜ごと壁に追いつめられて私の視姦に耐えるだけの姿と同じではない。その背が壁から逃れ、わずか一歩、私の行く手を阻んだだけだというのに。
「あなたは私を愛している。でなければ毎晩ここで足を止めたりなど」
 女は嘘ばかりつき、それを嘘だと気づかないまま言葉を放り出す。足元に無造作に転がる言葉どもは、嘘であるが故に存在し続けられず消えて行く。生まれても生まれても消えるばかりだ。
 女は言葉を投げ続ける。私は笑うだけだというのに。泣かないかわりに怒りもせず、憎みもしないかわりに愛さないだけだ。
「お前の上に跨るのは難しい。なぜならその先を思いつかないからだ」
 憎々しげな女の視線の下、私の吐いた嘘でない言葉どもは足元に降り積もる。全く、真実というのは嘘以上に面倒くさいものだ。私は女に背を向けて廊下を進みはじめた。
「不能者め」
 汚い言葉で女は罵り、私は振り返りながら笑った。女が放りだした言葉は相変わらず嘘だったからだ。生まれ、すぐに消え去ってゆく言葉ども。私はむしろその性急さにこそ惹きつけられる。
「それほどまでに私と契りたいか、あの女どものように?」
 女は黙ったまま答えない。
「・・・私はかまわぬ。だがお前には穴がないではないか」
 私はくつくつと声を出して笑った。ある穴といえば釘の跡だけで、まさかそれを突くわけにもいかない。私は笑いながら廊下に落ちた釘を拾い上げ、穴にあてがったままそれを壁に打ち付けた。ようやく女はいつも通りの顔で壁ぎわに戻り、それはしっくりと風景に馴染んだ。

 私は侍従を呼んできつく言いつけた。
「掛け金を打ち直せ。外れた絵画ごときが私の行く手を阻むなど、二度とは許さぬ」


Copyright © 2004 広田渡瀬 / 編集: 短編