第255期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 知り合い 蘇泉 794
2 存在が雑 テックスロー 929
3 労働仲間 党豪傑 108
4 恋と妖精とスチールウール euReka 1000
5 君は小悪魔 朝飯抜太郎 500

#1

知り合い

コーヒーを飲んでいる場合じゃない。カフェの隅に座っている女性が気になってしょうがない。絶対どこかで会ったことある人だけど、名前は出てこない。20代に見えるオシャレな方で、大学生ではない雰囲気。多分OL。その顔と仕草は絶対知り合いに違いないが、俺は20代の女性とはあまり接点がないはず。おかしいな。

あ、彼女は喋った。店員に追加注文。やばい、声も馴染みがある。絶対知り合いだ。しかし誰何だろう。どこかで知り合って、なんの関係はさっぱり思い出せない。俺の職場は男性ばっかりだし、同級生はこの年じゃないし。一体誰なんだろう。

モヤモヤして帰宅、その日あまり眠れなかった。

翌日は再びカフェへ。マスターとは仲が良いので単刀直入に聞いた。「昨日あそこに座っていた女性って、知っている?」
マスターは「いや、はじめてのお客さんだと思う。」と答えた。
「その人また来たら、教えてね。」と俺がマスターに言った。
「うん、いいけど、どうしたの。」とマスターが。
「いや、知り合いだと思うけど、名前が出ないな。」とマスターに教えた。
「そっか。」

結局その日も進展なし帰宅。

1週間経った。マスターからの連絡なし。またカフェに行っても、その女性がいなかったし、マスターも「来てない」と言っている。

このままじゃモヤモヤ感が爆発しちゃうかも。

何気なくテレビをつけたら、お笑い番組が流れている。そしてある馴染みのある顔が映っている。あれ、やばい、その女性だ!テロップをよく見たら、お笑い芸人のCRAZYCOCOさんだった。

あ、知り合いじゃなかったんだ。そうだ。数ヶ月前にCRAZYCOCOさんのネタにハマっていて、それから半年経ち、偶然会った本人を知り合いだと勘違いしたのね。

その時、マスターの電話が来た。
「おい、あのお客さん今日来たよ。なんか芸人らしいね。お前、芸人の友達も居るんかい。今度色紙を用意するからサインを頼んで貰える?」


#2

存在が雑

「前から言おうと思ってたんだけどさ」
「うん」
「あなたって」
「うん」
「存在が雑」
 ざっと風が吹き心の色素が少し滲んだ。取り繕って答える。
「それは僕が偏在しているということ?」
「ううん、どこにでもいそうというのとは意味が違うの」
 間髪入れずに少し傷つく形で言い換えられた表現は僕の心で一度紺色ににじむ。
「じゃあどういう意味」
「作りが甘いの。人として」
「傷ついた」
「そう、それは結構」
 そう言い残すと彼女はそれきり何も言わなくなった。スマホを弄り始めた。宅配が来てサインをした。納豆を食べた。化粧をした。そうするごとに彼女の輪郭は漫画みたいに濃くなった。そしてリングライトで自分の顔を照らして配信を始めた。「想像上の彼氏といちゃいちゃしてみた」というタイトルでの生配信で、僕はその想像上の彼氏だった。結構前にふっと存在した。初めまして、というのも照れくさい感じで、彼女の言うままに僕は振る舞ってきたつもりだった。彼女の肌に触れると彼女はとても大げさに身体を震わせていた。
 配信が終わって深夜、ドアを叩くものがあった。彼女のリアルな彼氏だった。彼女はそれを迎え入れて先ほどとは比べものにならない激しく乱れた。僕はそれを横で見ていたが、次第に自分の中で色素が沈着していくのを感じた。僕は不能で、それで彼女を満足させられないのは知っている。だけどこれを嫉妬と呼ぶのだけは止めてほしい。群青色が僕の中に溜まっていき、それは空いているカーテンから見える夜空に溶けていった。ついにこのまま僕も消えることができるのかな、なんて思っていると、組み伏せられている彼女と目が合った。ちゃんと僕の目を見たのは初めてだと思う。化粧が剥がれた彼女、納豆菌に食い破られる彼女の小腸、宅配の伝票にサインする指。熱が、こぼれてにじんで、それも闇夜に溶けて。
「ハロー僕の輪郭はどう」
 彼女の目を見据えて僕は言う。
 リアル彼氏は今日は泊まっていくと言って彼女と背中合わせで猫みたいに丸くなって眠った。僕は彼女の方に向いてベッドに潜り込む。
 触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。


#3

労働仲間

師走也。聖夜近。

学生有期労働仲間連絡来。可愛女子。好意有。

可愛女子曰「貴方、彼女居?」

俺心臓躍動。「無」返事。

可愛女子曰「良。私、君願有。」

俺緊張。人生転機予感。

可愛女子曰「聖夜彼氏二人遊予定。店有期労働代出勤願。」


#4

恋と妖精とスチールウール

 僕は恋に落ちた。
 なぜなら彼女の足が地面から離れて、ふわふわと浮かんでいたから。

「あの、話があるんだけど」
 僕はそう話しかけるが、彼女はいつもふわふわ漂っているので捕まえるのが大変だ。
「ちょっと、足をつかむのはやめてよ!」
「ごめん。でも君はいつもふわふわしてるし、同じクラスにいてもまとに話すことができないから」
 僕が手を放すと、彼女は不機嫌な顔でふわふわ浮かびながら溜息をつく。
「わたしは妖精の血を引いているから、いつもふわふわしているしかないの」
「もちろん君の事情は知っているけど、僕は、ふわふわしてる君が好きなんだ!」
 彼女は、三日月のような目をして僕を睨む。
「まあ、そういう馬鹿な人って結構多いのよね、はは……。ファンタジーの世界が現実になったみたいに感じて、それだけで気持ちが舞い上がっちゃって、これは恋だって勘違いする人」
「ぼ、僕はファンタジーなんか全然興味ない。君は今、世界で一番嫌な女の子にしか見えないよ……」

 完璧に失恋してしまった僕は、次の日から、一緒のクラスにいる彼女の存在をとにかく意識から消そうと必死になった。
 彼女は、ただふわふわ浮かんだ風船で、自分とは関係ない何かだ。
 彼女と会っても挨拶なんてしないし、目も合わせないし、初めから存在しないものだと……。

「理科の実験で一緒の班になったね」と彼女。
「う、うん」と僕。
「スチールウールが燃えるのキレイだね。燃えた後の重さを計ると、燃える前より重くなるって不思議だよね」
「う、うん……」
 天秤で重りをのせたり外したりして、燃えたスチールウールの質量を計っていると、彼女がそれを覗き込むように顔を近づけてくるので、僕は困った。
「あなたがわたしのことを必死で無視する姿を見てると、なんだか面白くて」
「え」
「あれからもう半年になるのに、わたしのことずっと意識してくれてありがとう。来週転校することになったから、これでお別れだけど」

 十年後、いろいろあって僕は妖精の国に住まなければならなくった。
 ただの人間で、ふわふわ浮かぶこともできない僕は妖精の国で注目の的になり、テレビ出演までさせられるはめに。
「あなたは、われわれ妖精についてどんな印象をお持ちですか?」
「中学生の頃、妖精の血を引くふわふわした女の子に恋をしたのですが、見事にフラれちゃいました」
「ワハハ……」
「でも今なら、当時の彼女の気持ちが少しは分かるような気がします」


#5

君は小悪魔

「こっちに来て」
 君は微笑みを浮かべながら駆けてきた。君がとてとてと歩くと、スカートのフリルがひらひらと揺れ、長い黒髪はさわさわと流れる。とてとて、ひらひら、さわさわ。心地良いリズムだ。気付いたら君は僕の膝の上にいて、どーするの、とでも言うように大きな目で僕の顔を覗きこんでいた。君の身体がとても小さくて、華奢なのに驚く。これで僕より年上なんて。
 君の少し吊りあがった目は、笑うと、とてもチャーミングだね。真っ黒なドレスが良く似合ってるよ。
 こんなことを言うと怒られそうだけど、この目にみんな騙されて、魂を抜かれちゃったんだろうな。
「抱きしめていいかい?」
 君はこくんと肯いて僕の膝の上に座り、僕の胸にもたれかかった。心臓がばくんと音を立てる。僕は、君を壊してしまうような気がして、どきどきしながら、そっと腕をまわした。震える僕の手と腕を、ひんやりとした君の手が、きゅっと掴んだ。
 ああ、このまま時が止まってしまえばいい。僕は目を閉じて、大きく息を吐いた。
 どれくらいそうしていただろう。
 君は、腕の中から、僕の顔を覗き込んで、低い声で言った。
「さあ、三つ目の願いはなんだ?」
 あ、今ので二つですか?


編集: 短編