第255期 #4

恋と妖精とスチールウール

 僕は恋に落ちた。
 なぜなら彼女の足が地面から離れて、ふわふわと浮かんでいたから。

「あの、話があるんだけど」
 僕はそう話しかけるが、彼女はいつもふわふわ漂っているので捕まえるのが大変だ。
「ちょっと、足をつかむのはやめてよ!」
「ごめん。でも君はいつもふわふわしてるし、同じクラスにいてもまとに話すことができないから」
 僕が手を放すと、彼女は不機嫌な顔でふわふわ浮かびながら溜息をつく。
「わたしは妖精の血を引いているから、いつもふわふわしているしかないの」
「もちろん君の事情は知っているけど、僕は、ふわふわしてる君が好きなんだ!」
 彼女は、三日月のような目をして僕を睨む。
「まあ、そういう馬鹿な人って結構多いのよね、はは……。ファンタジーの世界が現実になったみたいに感じて、それだけで気持ちが舞い上がっちゃって、これは恋だって勘違いする人」
「ぼ、僕はファンタジーなんか全然興味ない。君は今、世界で一番嫌な女の子にしか見えないよ……」

 完璧に失恋してしまった僕は、次の日から、一緒のクラスにいる彼女の存在をとにかく意識から消そうと必死になった。
 彼女は、ただふわふわ浮かんだ風船で、自分とは関係ない何かだ。
 彼女と会っても挨拶なんてしないし、目も合わせないし、初めから存在しないものだと……。

「理科の実験で一緒の班になったね」と彼女。
「う、うん」と僕。
「スチールウールが燃えるのキレイだね。燃えた後の重さを計ると、燃える前より重くなるって不思議だよね」
「う、うん……」
 天秤で重りをのせたり外したりして、燃えたスチールウールの質量を計っていると、彼女がそれを覗き込むように顔を近づけてくるので、僕は困った。
「あなたがわたしのことを必死で無視する姿を見てると、なんだか面白くて」
「え」
「あれからもう半年になるのに、わたしのことずっと意識してくれてありがとう。来週転校することになったから、これでお別れだけど」

 十年後、いろいろあって僕は妖精の国に住まなければならなくった。
 ただの人間で、ふわふわ浮かぶこともできない僕は妖精の国で注目の的になり、テレビ出演までさせられるはめに。
「あなたは、われわれ妖精についてどんな印象をお持ちですか?」
「中学生の頃、妖精の血を引くふわふわした女の子に恋をしたのですが、見事にフラれちゃいました」
「ワハハ……」
「でも今なら、当時の彼女の気持ちが少しは分かるような気がします」



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