第255期 #2

存在が雑

「前から言おうと思ってたんだけどさ」
「うん」
「あなたって」
「うん」
「存在が雑」
 ざっと風が吹き心の色素が少し滲んだ。取り繕って答える。
「それは僕が偏在しているということ?」
「ううん、どこにでもいそうというのとは意味が違うの」
 間髪入れずに少し傷つく形で言い換えられた表現は僕の心で一度紺色ににじむ。
「じゃあどういう意味」
「作りが甘いの。人として」
「傷ついた」
「そう、それは結構」
 そう言い残すと彼女はそれきり何も言わなくなった。スマホを弄り始めた。宅配が来てサインをした。納豆を食べた。化粧をした。そうするごとに彼女の輪郭は漫画みたいに濃くなった。そしてリングライトで自分の顔を照らして配信を始めた。「想像上の彼氏といちゃいちゃしてみた」というタイトルでの生配信で、僕はその想像上の彼氏だった。結構前にふっと存在した。初めまして、というのも照れくさい感じで、彼女の言うままに僕は振る舞ってきたつもりだった。彼女の肌に触れると彼女はとても大げさに身体を震わせていた。
 配信が終わって深夜、ドアを叩くものがあった。彼女のリアルな彼氏だった。彼女はそれを迎え入れて先ほどとは比べものにならない激しく乱れた。僕はそれを横で見ていたが、次第に自分の中で色素が沈着していくのを感じた。僕は不能で、それで彼女を満足させられないのは知っている。だけどこれを嫉妬と呼ぶのだけは止めてほしい。群青色が僕の中に溜まっていき、それは空いているカーテンから見える夜空に溶けていった。ついにこのまま僕も消えることができるのかな、なんて思っていると、組み伏せられている彼女と目が合った。ちゃんと僕の目を見たのは初めてだと思う。化粧が剥がれた彼女、納豆菌に食い破られる彼女の小腸、宅配の伝票にサインする指。熱が、こぼれてにじんで、それも闇夜に溶けて。
「ハロー僕の輪郭はどう」
 彼女の目を見据えて僕は言う。
 リアル彼氏は今日は泊まっていくと言って彼女と背中合わせで猫みたいに丸くなって眠った。僕は彼女の方に向いてベッドに潜り込む。
 触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。触らないで。触って。



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