第253期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 無敵の人 なこのたいばん 235
2 宝くじ一等賞 蘇泉 388
3 あれ 三浦 1000
4 どんちゃん 霧野楢人 1000
5 物語の結末 euReka 1000
6 想い出がいっぱい 朝飯抜太郎 1000
7 犬の名前で僕を呼んで るるるぶ☆どっぐちゃん 1000
8 縫い物をする人 たなかなつみ 1000

#1

無敵の人

雨の日の朝のコインランドリーが好きだ。

変わった味のおにぎり2つを食べながら無重力状態の洗濯物を見るのが好きだ。
食後のc.c.レモンも好きだ。

今日みたいな土曜日も好きだ。明日が休みなのが好きだ。
日曜日にスーパー銭湯に行くのが好きだ。その後よくわからないのに美術館に行くのも好きだ。

たくさんの小さな好きを僕は武装するのだ。今なら役所からのよくわからない税金もすぐに払ってやるし、バスでお年寄りに席も譲る。駅でベビーカーも持ってやる。

なんでもかかってこい、土曜日の僕は無敵だ。


#2

宝くじ一等賞

俺の親父は宝くじを買う習慣がある。毎週必ず宝くじを買う。その宝くじは週に3回売っているので、親父は週に3回宝くじ屋に通っている。
ある日、家で親父と会話。
俺「ところで、宝くじが当たったことはあるの」
親父「ちっちゃい賞金は結構あったよ」
俺「それはそろそろデカいやつ来るじゃない?」
親父「そうなるといいね」
俺「もし一等賞当たったら、どれぐらいあるの?」
親父「うちの家ぐらいのマンション買える程度かな」
俺「それ結構のお金だな。もし当たったら、俺に教えないで賞金を貰いに行きなさい。衝撃すぎて精神的に狂うかも」
親父「うん、そもそも当たっても教えないつもりだよ」
俺「え?」
親父「例えば、実は昔当たったことがあって、ただお前に教えてないことは、アリかな」
俺「え?ちょっとまって」
親父「だから、なんで普通の社員の俺んちはこんな一等地の良いマンションに住んでいるか、考えたことなかったのかい?」


#3

あれ

 私はあれが嫌いだ。どのくらい嫌いかというと、歩き煙草をした挙句に路上にポイ捨てする奴と同じくらいにだ。実際、あれがポイ捨てした時には酷く怒った。嫌いだ。
 あれには名前がついている。けど名前はなんか特別な感じがしない。あれは私にとって特別だ。それをあれはわかってない。嫌いだ。あれは、あれ呼ばわりされることを嫌っているようだ。わかってない。嫌いだ。
 さて、通り一遍な、というか創造性のない、興味のあるなしに拘らずそういうものだと思い込まされてきたイメージによる行為はやめるべきだと私はあれに訴えた。あれも珍しくその通りだと首肯して、私たちはまずそのイメージを捨て去ることから始めた。それには、魚の小骨すべてをピンセットで抜き取るような根気を要した。そうして全てのイメージを剥ぎ取った私たちは、行為を一から創造していった。光あれ。そうしてわかったことは、行為ではなく生活が大事なのだということだった。
 私たちは生活を送った。ある時、この生活は通り一遍ではないかと動議があった。あれからなのか私からなのか定かではない。あれもよく意見を言うようになっていたからだ。私たちは話し合った。そして、こう結論づけた。周期的に見えるかもしれないが、それはマクロな視点によるものだ。ミクロの視点で生活を見つめ直そう。結果、生活の有り様は一変して見えた。私個人としては感情面による変化が著しく、あれが私を呼ぶ声に対する感じ方には毎日どころか毎時間変化が確認できた。あれにはどうやら肉体面による変化が見えたらしい。毎回同じ体勢でつかみ出しているはずのフライパンの軌道が違うというのだ。言われてみれば私もそうだ。発見だ。
 そんな訳で、あれの体の異常にもすぐに気がついた。もちろん私の感情面の異常についてもすぐにばれた。
 通り一遍に生きようと動議があった。これは私からだ。この世にはこんな時にお誂え向きな既存の物語がある。それを採用すれば人間ではなく登場人物でいられる。決まった台詞を吐いて決まった行動を取る。それがいい。そうしたい。却下された。何故? 退屈だ。創造性がない。とあれが言う。今それを言うのか。承諾した。
 後はもうただただ辛かった。ここに書きたくもない。拒否する。
 私はあれが嫌いだ。どのくらい嫌いかというと、見苦しさを一欠片も見せずに死んでいく伴侶と同じくらいにだ。私は酷く怒ったが、あれは笑っていた。嫌いだ。


#4

どんちゃん

 貰い物の水槽で金魚を飼いたいと出掛けた息子がドジョウを買ってきた。細長く、灰色で、尾の方が少し左に曲がっている。
「なんか、可愛かったから」
 水槽に放つと大人しそうな顔で水底に沈み、何本もの短い髭をモサモサと動かしている。うまそう、なんて思う私とは感受性が異なるらしい息子は、ドジョウにどんちゃんという名をつけた。
 どんちゃんは夕方から水槽中を泳ぎ始めた。泳ぎは時々激しくなり、ヒレが水面を打つたびに私たちは水槽を見やった。
「慣れない環境でパニックなのかも」
 妻は言った。
 翌朝、水槽を見てみるとどんちゃんは水草の上の方で腹を見せ横たわっていた。絡まってしまったか、あるいは死んだかと思い突つくと慌ててエアポンプの裏に逃げた。水草に身を任せだらしなく寝ていたのだ。一日と待たず警戒心を失ったどんちゃんに私は呆れた。
 数日経ち、お店にいたときは仲間がたくさんいて窮屈そうだった、と息子は振り返る。
 どんちゃんは誰が見ても気ままだった。口髭を動かしながら緩慢な速度で餌を探す姿も、ポンプの泡に巻き込まれてぐるぐる回る姿も、店での(おそらく)抑圧的な生活の中では見せられなかったに違いない。
「でも、寂しそう」
 そんな息子の言葉が気になり、私は仕事の伝手で川から採った小魚を二匹調達してきた。小魚を放つとどんちゃんは慌てふためいた。ストレスかとも思ったが、種が違うから棲み分けは可能だろう、そのときの私はそう判断した。
 しかしそれ以来、どんちゃんはもう、ふらふらと無意味に泳ぎ回ったり、泡と戯れたり、水草でだらしなく寝たりすることはなかった。二匹の小魚が興味深げに水槽内を散策するのを、ポンプの裏からじっと見つめ、時々気が触れたような勢いで水槽の中を周回しては、またポンプ裏に沈んだ。小魚が近づいてきた時には過剰に暴れた。
 小魚たちは図太かった。ひととおり水槽内の状況を把握すると、緑がかった銀色の鱗を光らせ優雅に漂った。餌ももりもり食べた。どんちゃんは、水を吸って落ちてきた餌の残滓をポンプ裏でモサモサ食べた。息子は小魚たちを、さっちゃん1号2号と呼んで可愛がった。妻はどんちゃんを不憫がった。
 一ヶ月後、妻と息子が里帰りしている間にどんちゃんは死んだ。本当に絡まったのか知らないが、水草の茂みの中に横たわっていた。供養を口実に、私はどんちゃんを素揚げにして食べた。小さいながら、サクッとして、うまかった。


#5

物語の結末

 私の恋人は、話の結末が分からないと不安で物語が読めない。
「だって嫌な終わり方だと分かっていたら、初めから読まなきゃいいだけでしょ」
 まだ恋人になる前、彼女はそう言っていた。
「わざわざ時間をかけて物語を読んだのに、終わり方がひどいって詐欺だと思うの」
 私は、結末が分からないからこそ物語は面白いのだと、ずっと疑うことすらしなかった。
 だから、自分とは真逆の彼女の言葉を聞いたとき、私は急に体のバランスを崩して電柱のコンクリートに頭を激しくぶつけ、救急車で運ばれたらしい。
 
 目が覚めると彼女の顔が見えて、やあと挨拶すると彼女が微笑みながら私を抱き締めた。
 ここは天国かと思った。
「あなたの頭がスイカみたいに半分に割れて、血が大量に噴き出したとき、あたしがどんな気持ちだったか分かる?」
 いや、分からない。
「その光景を見て、ただ地面にへたり込むしかなくて、ようやく気持ちを取り直して、携帯で救急車を呼んだときの気持ちが、あなたに分かる?」
 ごめんなさい。ひたすらごめんなさい。私のために君に怖い思いをさせてしまい。
「でも、あなたを死なせずに済んだから、あたしは満足してるの。だって、頭が半分に割れたら普通は死ぬでしょ。でも、あなたは何とか頭をくっつけて生き返ったのだから」
 
 その後、彼女は毎日私が入院している病室にやってきた。
 しかし、私はまだ体を動かせる状態ではなく、頭が割れたせいで意識や口の運動機能が正常ではなかったので、彼女とまともに会話できない。
「昨夜、夢の中であなたと会ったときは、物語の結末についていろいろ話せたわ」
 彼女は、病室のベッドの端に腰掛けながら、そう私に話し掛ける。
「小説を書いているあなたにとって、結末を分からないようにして期待感を持たせることが大切だということは理解できたつもり。でも、ただの物語でも、本当のことみたいに怖くなってしまう人間もいるの」
 私は、夢の中で彼女に会った記憶はないが、夢の中の自分がちゃんと小説の考えを主張してくれたのなら、まあいいかと思った。
「あと三カ月ぐらいで退院できるみたいだから、それまでは無理しないで、夢の中でお話しましょ」
 私は、ずっと彼女に恋人になって下さいと言いたかったが、今は口が上手く動かない。
「それから、夢の中であなたに告白されたけど、小説の結末を教えてくれるなら、あなたの恋人になってもいいと思ってる」


#6

想い出がいっぱい

 怪談というか、人間って怖いねという話ね、そう言って先輩は話し始めました。
「その男は経営者でね。忙しいけど金があって、綺麗な奥さんと娘がいる、いわゆる成功者だ。
 その日、偶然予定が空いて、男は初めて娘の通う園の発表会に行った。普通の父親のようにカメラで娘を撮っていた。
 23人の白雪姫の劇で、姫の衣装を着た娘達が並んでステージに入場する。その時、娘の後ろにいた子が娘のスカートを踏み、娘が転んでしまった。カメラにはぐっと口を引き締め、泣かずに立ち上がった娘が映った。でも、スカートを踏んだ子の方が泣き出してしまって、どうなる、と大人達が見守る中、娘がその子の手をつないで歩き出した。会場には拍手が起こった。
 それから男は変わった。娘のイベントには必ず出席する。平日も夕方には家に帰り、ご飯を一緒に食べる。
 そして男は家では必ずカメラを娘に向けた。歌う娘。笑う娘。泣く娘。座る娘。立つ娘。寝る娘。ありとあらゆる娘の姿を記録した。
 家の防犯カメラの数が増える。園バス、通学路、園舎、記録場所も増えていく。システムが作られる。でも、それらは水面下で行われた。
 やがて娘は20歳になった。別宅で、家族と親戚や親しい友人を呼んでのパーティが開かれた。出席者が帰った後、男は秘密にしていた地下室に家族を招き入れた。
 誕生日のサプライズ。それは娘の0歳から20歳までの完全なライブラリだった。3D化された娘が成長していくホログラムの向こうの超大型ディスプレイ。その左右に並ぶ本棚を模した大型タッチパネル。
 でも、16年の集大成のそれは、その日の内に、怒り狂った娘と妻によって完全に燃やされてしまった」
 おしまい、先輩はそう言って、グラスを開けました。
「先輩」
 私はタバコを吸いに出た先輩を追いかけて声をかけました。
「気になって」
 男は4歳から記録を始めたのに。
 0歳から3歳の記録がどうしてあるのか。
 先輩は煙を吐き出して、言いました。
「やり直したんだ」
「え」
「娘のクローンを作って、0歳から3歳の記録を再現した」
「そんなこと」
 先輩はタバコを口に当て大きく吸い込みます。
 もう一つ、聞きたいことがありました。
「男は」
 全部燃えて。それで、
「諦めたのでしょうか?」
 先輩は、ふいに空中をにらみ、手を伸ばして何かを掴みました。蚊?
 先輩は手を開いて、掌のそれを払って落とし、
「どうだろうねぇ……」
 と答えたのでした。


#7

犬の名前で僕を呼んで

「それでは賛成の方、起立をお願いします」
 あの時の勝ち誇ったネスルの顔をログニは忘れらない。そして誰も起立しなかった後のあの顔も。
 ログニはネスルの牢を訪ね小銃を手渡してやった。
「ほら、おまえの娘も見ているよ」
 ネスルの娘の肩を抱き、ログニはネスルに語りかける。ネスルの娘は美しかったあの長い金髪を全て刈られ丸坊主にされていた。ネスルはがちがちと震えながら小銃を手に取り、銃口を咥えた。そうしていつまでも引き金は引かれなかった。ネスルは泣いていた。娘も声も無く泣いていた。ログニは興味を無くしどうでも良くなった。
 戦争は熱狂のうちに。熱狂は羽ばたきの中に。羽ばたきは瞬きの内に。忘却の中に。忘却は再びの忘却のその引き金の中のその忘却の。
 戦争は敵国の全て灰燼と化した。そしてそれ以上にログニの国も灰燼と化した。
「残念です」
「何度も辱めてやったな」
 ログニの元にネスルの娘が判決を言い渡しに来た。
「何度も辱めてやったな。身体は大丈夫か。わたしが壊した身体を治すのは痛かろう。もう子供も産めないのだろう」
「残念です」
 戦争のあと、ログニは全ての責任を引き受けた。判決まで長い時間がかかった。人道的な判決として、地下牢に永遠に埋めるか、宇宙に放出するか、決まるまでに長い時間がかかった。地中に埋めるのも気持ちが悪いしかといって宇宙に放り出してもいつまた戻ってくるのかを人々は恐怖していた。判決が決まるまでにご丁寧に双方の間で紛争まで起こし、また何人もの人が死んだ。
 結局ログニは小さな宇宙船に乗せられ、星の外へと放出された。死ねない体を抱え永遠とも言える長い時間をログニはそこで過ごす。
 長い時間が過ぎた。ログニはちょっとした思い付きで身体を胴のあたりで引き裂いてみた。真っ二つになっても小窓から入るちょっとした光から身体を再生することが出来てしまう。
 分かれた下半身はばたばたと蠢きながら再生を続けた。そして皮も無く目も無くそれでいて喉からごろごろと血泡を吹きながらログニを指さし、それは唐突に呟いた。
「ぶぁん」
 それは確かにログニが幼いころ飼っていた犬の名前だった。
「ぶぁん、ぶぁん」
 今まさに産まれたそれは血まみれのまま、何かを探すように宇宙船の中を走り回った。
 ログニはそれに首輪をつけ、小さな宇宙船の中を、小さな世界を一緒に歩き回った。
「ぶぁん」
 もう何も探すものなど無いのに、一緒に歩き回った。


#8

縫い物をする人

 生地が傷んで痩せ細ってきたことには気づいていた。今までなら使い慣れた針と糸でほつれをかがりさえすればよかった。かがり方は幼い頃に親から教わった。歳を重ねた親のあちこちに色の異なる不格好なくたびれた継ぎ当てがあり、当時の自分はそれがあまり好きではなかったが、今のわたしにはわかる。わたしたちは特別巧みな裁縫師になる必要はないが、中身が漏れないようにしっかりとかがるという最低限の手技を身につける必要はある。生き続けるために。
 自身もほつれをかがりながら今まで歳を重ねてきたが、さすがにもう限界かもしれない。今度のほつれは利き手の指先だった。ほつれをかがるなど、呼吸をするぐらい簡単なこと。けれども、これではもうどうしようもない。逆の手でほつれをかがる技術はわたしにはない。買い出し途中の道端で立ち止まり、見事にほどけていく利き手を目の前に掲げて眺め、こんなふうに突然終わるのかと、わたしは最期を覚悟した。
 ところが、通りがかった人たちが、わたしのほつれを見逃さずに足を止めた。
 「だめだよ、あんた、そんな古くさい縫い方で長持ちするはずがないよ」
 目の前に立ったわたしよりも少し年配の人が、肩にかけた大きなトートバッグから手に馴染んだソーイングセットを取り出し、許可ひとつ得ず、わたしの指先をざくざくと縫い始めた。
 「だめだよ、あんた、こんなにほつれて、このままだと中身が全部漏れてしまうよ」
 後ろに立った人は手持ちの籠を地面に置き、やはり許可を得ることなく、取り出したソーイングセットでわたしの裾をかがり始めた。
 それ以外にも足を止める人がいて、好き勝手に声をかけてくる。
 「だめだよ、あんた、あちこち穴があいて、もうろくな中身が残っていないよ」
 大きく口を開けさせられ、たくさんの人たちの手で新たに大事な中身が詰め込まれていく。もうずっと空っぽだったのだ。道理で最近ぺらぺらだと思っていた。
 身体中あちこちに思い思いに不格好な継ぎを当てられ、たくさんの大事なものが詰め込まれ、わたしは重くなった。もう歩くこともできない。
 動けないわたしは抱えあげられ、家まで運ばれていく。玄関から放り込まれたわたしは、閉じられた扉の内側で床の上に横たわったまま、かがってもらった利き手を目の前に掲げて眺める。ざっくりと縫われたそれは、今までと同じようには動かせないが、新たにまたほつれをかがることはできるだろうか。


編集: 短編