# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 生産者も消費者も、地球の環境と人々の健康を守れるよう、責任ある行動をとろう | テックスロー | 997 |
2 | 手元不如意 | 蘇泉 | 934 |
3 | コンビニにはもう行かない | euReka | 1000 |
4 | 投銭 | 党豪傑 | 119 |
5 | シトラス | jyin | 964 |
6 | 神の暗殺者 | 朽縄 | 999 |
7 | 笑うな | 朝飯抜太郎 | 1000 |
8 | 夏は招く | (あ) | 1000 |
夕方四時にチャイムが鳴る。浅い眠りから起きてそのまま玄関に向かい、ドアスコープを覗くと女性のおでこが見える。目はうつむいている。肩は高く立っているがそれは怒っているからではなく肩から下に伸びる細い両腕を支えるためだった。ぴんと張った両腕の先は見えないが何か相当重いものを持っているようだ。伏せった彼女の目の下にある口は少しほころんでおり、見ようによっては妊婦がお腹の中の我が子を慈しむ表情にも見えなくもない。
ドアを開けると「作りすぎちゃって」とお隣さんはまず手に持つ大きな寸胴鍋をぐいと押し込み、しゅるりと自らもドアの隙間から入り込む。玄関に寸胴鍋を置き一息つくと、そのままの流れで俺の脱ぎ散らかした靴の間にしゅららとしゃがみ膝をつく。クレープ生地のようなスカートからのぞく白い脚を鈍く反射する寸胴鍋のふたをお隣さんが開けるとぼわんと湯気が立ち少し遅れて強烈な獣の匂いがした。
「豚骨スープですの。作りすぎちゃって。良かったらお裾分けをと思いまして」
「良かったら」の声は細く小さいが、それに見合わぬ、有無を言わさぬ落ち着きで大きなお玉で寸胴鍋をかき混ぜながら、もう片方の手を俺の部屋の奥に伸ばし促す。くとん、ことんと寸胴鍋とお玉がスープの中でぶつかる音を背に俺はキッチンに入り鍋を手に戻る。お隣さんはスープを注ぎ込む。もう入らないところで礼を言おうとすると
「まだありますので」と俺の後ろを指す。いわれるまま俺は先ほどより少し小さな鍋を手に戻る。お隣さんはかとん、たたんと寸胴鍋をかき混ぜてスープを鍋に注ぎ込む。
「まだ」「もっと」「もっと」
何往復したのか分からないが、最後に持ってきた醤油皿にお隣さんはスープを注ぐと、「少しいいですか」とそれを俺の手から皿を受け取りこくっと一口飲み「あなたも」と飲みさしのスープを俺によこす。口に含むと獣の匂いの遠くに乳白色の甘みが口いっぱいに広がり、俺は口の中を唾液だらけにしてごく、とそれを飲み込んだ。こんな豚骨スープは飲んだことがないと寸胴鍋を覗こうとすると一瞬早くお隣さんはばしゃんとふたをして
「ありがとうございました」とするりと立ち上がり、一礼すると去って行った。
部屋に戻ると鍋にカレー皿に丼に茶碗に注がれた豚骨スープが西日に照らされ光っていた。俺はそういえば彼女はどうやってチャイムを押したのだろうなどと考えその直後途方もない空腹感に襲われた。
この春は経済がとんでもない悪い。若者は就職難。俺は若者、俺は就職難しい状態である。
バイトしながら大学院受験と公務員受験と地方自治体職員受験を並行させている。この国では、俺みたいな人がありふれているかもしれない。
バイト先はカフェバー。昼はカフェ、夜になると酒が出るという店。大きいお店、従業員多め、店長以外は大体バイト。俺は昼のバイトを担当し、夜は受験勉強に費やす。お陰で生活ができ、バイトの仲間と友達になった。
その中、気になる女の子がいる。その子も大卒で就職できず、バイトしている。でも進路については聞いてない。あえて就職しないかもしれないし、留学の準備をしているかもしれない。
でも、留学じゃないかな。ちょっと喋ったら、別に海外や大学院に進学つもりはないみたい。それじゃ公務員受験組かなと思ったら、そうでもないみたい。「やりたいことがわからないから、とにかくバイトで生活費を稼いて、あとのことをゆっくり考えたい。」とその子が自分のことをこう言っていた。
そうか。
一緒にご飯でも食べたいが、高いレストランに行くお金がない。おしゃれなパン屋で買ったマカロンをその子に渡したら、喜んでくれた。「ありがとうね」と。
月末までは、もう何も贈れない。給料日がまだ遠いのだから。来月は、日本料理でも誘おうかな、と考えている。
バイト退勤、制服を替える。ロッカーを開けたら、CDが入っていた。岡崎体育のアルバムだ。ずっとほしいもの。なんで?
その子がニコニコして現れた。「ごめんね、君のSNSを見ているよ。岡崎体育は好きよね。日本のCDなかなか買えないっしょ。」
「いやそんな、郵送とか高いやろう。」と俺はやや緊張。
「そんなことは今気にしなくていい。ところが店長になる気はないの。」その子が言った。
「確かにこの話がオーナーから来たが、やっぱ公務員試験を諦めたくないかも。」と俺が言った。
「じゃもし私がお願いしたら、店長やるの?」とその子が突然の質問。
「え?え、うん、もちろん、やります。実は…」と俺の話がまだ終わっていないとき、
その子が後ろを向いて、「パパ、彼はやると言ったよ」と喋った。
そして店のオーナーが入って、「新店舗関係の仕事をお願いしたいよ。そしてこの子もね。お前のこと好きだから。」
十年ぶりにコンビニに入ったら、出口が分からなくなった。
私は、トイレの用で入ったのだけど、何か買わないと悪いと思ってビスケットを探していたら迷ってしまった。
三十分うろうろしても誰とも出会わないので、どうしたものかと悩んだ末、私は携帯電話でコンビニの電話番号を調べて掛けてみることにした。
「はい、ファイブトゥエルブ○○店です」
「あの、今店内にいる者ですが、何というか、その迷ってしまって……」
「ああ、遭難者の方ですね。本社のほうへお繋ぎしますので……」
意外とあっさりした対応で拍子抜けしたが、遭難者って何?
「お待たせしました。本社の遭難対策課の岩垣と申します。今回は大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。さっそくですが、店内の天井や床に〈A20〉などの位置情報が記されているはずなのですが?」
天井をよく見ると、〈Z56〉と書かれている。
「うーん。〈Z56〉は、まだ把握していない未知の領域でして、まずその領域を探すことから始めなければならないため、いつ助けに行けるのか……」
は、はあ、そうなんですか。
「とにかく、店内にある商品を使って何とか生き延びて下さい。何を食べたり使ったりしてもOKですから」
正直、馬鹿げているし文句も言いたかったが、現状では、ただ助けを待つしかなさそうだ。
店内にはなぜかベンチが置かれていたので、眠くなったらそこで丸くなって眠った。
目が覚めると、やっぱりコンビニの店内にいることに絶望するという日々が続いたが、一週間ぐらいすると、食べ物があるだけでまだましかもなと思えるようになった。
弁当や総菜はなぜかいつも新鮮だし、トイレや洗面所も近くにあるから、ただ生きるだけなら困らない。
数カ月後、私は、コンビニある商品を使って自分の国を作ろうと思った。
国と言っても、コンビニにあるいろんな素材を使ってジオラマのような模型を作るだけだが、他にやることがない。
ビスケットやキャラメルは街の建物を作るのに使えるし、ペンや鉛筆はそのままミサイルになるし、ストッキングは切って広げると国を外敵から守る防壁に……。
十年後、やっと、コンビニの天井から救助の人が現れた。
「あなたは、遭難者の○○さんですね。しかし、このゴミが広がった惨状は何ですか?」
いや、ゴミじゃなくて国ですよ、国。
「国?」
あなたは、私の国に土足で踏み入ったので死刑ですが、まあ今回だけは特例で……。
男同士会話中:
暇時、何利用暇潰?
美少女配信観。
投銭?
毎日投銭。
幾投?
五百円。煙草吸無故、煙草吸気持毎日五百円。
投銭辞、二十年後高級外車有!
一理有。
数日後:
配信、辞完了?
普段通毎日配信観。
配信観外車無!
今、毎日二箱吸気持成、半分也五百円投。
「あっ、私ここに来るの最後にするね 」
彼女は淡々とブラジャーをつけながら言った。彼女がブラジャーをつけ始めて着古したパーカーに袖を通すまでの一、二分、壁掛け時計の秒針の音だけが俺の耳に響き出した。
ここ一年間彼女と俺は時々、互いの欲望を満たすために体を重ね合った。彼女のことを体の隅々まで理解したような気になり謎の優越感に浸りながらまた互いの体を求め合う、そんな一年間に幕をおろそうと彼女は言っている、そうだ、当たり前だ。なのに何故こんなにも気持ちが落ち込むのだろうか、セックスしたばかりだからか、明日からまた仕事だからか、雨が降っているからか、偽りの理由はいくらでも出てきた。
その中でも絶対に考えたくない要因に目を背け、ただひたすらに麦茶の入ったグラスの結露を見つめ続けた。
「好きな人できたんだぁ」
そう一言言って目線の拠り所だったグラスに手を伸ばし麦茶を一口飲んだ。
「だから、もう部屋を掃除してくれる人いないからね、洗濯物してくれる人も、あとご飯作ってくれる人も、だから早く(俺の名前)も好きな人作って世話してもらわなきゃねー。でも迷惑かけちゃダメだよ。 」
そんなことはわかっている、、つもりだ目線のやり場をなくした俺は横になりケータイを覗き込み適当な返事をした。
「一つだけ約束して」
部屋にある彼女の服や、化粧品が少し大きめのリュックに吸い込まれていく。最初からこのために持ってきていたのか。
「私みたいな関係の人は私で最後にするんだよ絶対 」
一〇分もしないうちに彼女がよしっと呟いて、立ち上がるとともに大きく膨れたリュックを背負った。リュックに重心を取られよろける。
「じゃばいばい! 」
部屋を出て行き扉が閉まる音がする、じゃららとポストに鍵を入れる音がした。徐々に涙腺が緩んでいくと同時に自分に対しての嫌悪感が込み上げてきた。これからどうすればいい、、彼女を呼ぶために朝昼とご飯をぬいたこと、わざと片付けずに放置した洗濯物、いったいどうすればよかった、、。いやこれでよかったんだ僕といると彼女は不幸になる、そう自分に言い聞かせ、悲劇のヒロインを演じた。彼女のシトラスの香水を感じるこのベットで泣きべそをかきながらただひたすらに演じる。ケータイに手を伸ばし彼女の誕生日の四桁を入力した。
「ずっとずっと好きでした。 」
コルカタの一角、みすぼらしい家屋の中で、二人の男が対座していた。一方は豊かな髭を蓄えた老人、もう一方は線の細い若者だ。
「つまり、我らタギーの教義に疑問があると?」
老人の問いかけに、若者は首肯した。
タギーとは、ヒンドゥー教の女神カーリーを崇拝する秘密結社にして、その供物として夥しい人間を殺害してきた殺人集団である。
若者はこの集団の一員として生を受け、幼少より殺人術の手解きを受けて育ってきた。その才覚は、古参の長老達も称賛を惜しまなかったが、当の若者は成長するにつれて心に迷いが兆してきた。
――たとえ女神のためといえど、無辜の命を奪うことが許されるのか?
一度生じた疑念は大きくなるばかりで、このままではタギーとして責務を果たせそうにない。思い余った若者は、長老に相談を持ちかけたのだ。
長老は瞑目して髭を撫でていたが、やがて大きく頷いた。
「わかった。お前の迷妄を晴らしてやろう」
長老が案内したのは、ごく小さな部屋。
未知の御香が焚かれているらしく、今まで嗅いだこともない匂いが室内に充満していた。長老は部屋の真ん中に座るよう若者を促した。
「何も考えるな。ただ座っておればよい」
言い残し長老は部屋を辞した。
何が何だかわからぬまま、若者は座り続けた。それから数分、数十分、或いは数時間は経ったのだろうか。
ふと――ボンヤリとした若者の視界に、異形の人影が浮かび上がってきた。
「!?」
若者の目が大きく見開かれた。
彼の目の前にいたのは、青黒い肌に三つの眼、四本の腕を備えた女丈夫だった。その全身は血の匂いを発散しており、血塗られた剣、惨たらしい生首を手にしている。
紛れもない、血と殺戮の女神カーリーであった。
その女神は厳かに告げた。
『血を捧げよ。命を捧げよ。これは神勅である』
迷い無き殺人者へと脱皮した若者は、長老に感謝を告げて立ち去った。
その後ろ姿を見送る長老の背後に、一人の男が立っていた。その装いはヒンドゥー教徒ではない、ムスリムのものだ。
「我がニザール派の大麻(ハシシ)の薬効、如何ですかな?」
男の問いかけに長老は満足げに微笑んだ。
「いやはや、流石は暗殺教団の秘伝。お陰様でまた一人、神の暗殺者を世に送り出すことができましたわい」
「それはよかった。――Assassin(大麻野郎)とThug(悪漢)、神に忠実なる鼻つまみ者同士、末永く宜しくやっていきたいものですな」
4月の半ば、中一になったばかりの生徒たちの教室にはまだぎこちない空気が流れていた。コミュ力に秀でた者たちが仲良さげに話す様子も、どことなく浮ついていて、所々危うい空白が生まれる瞬間がある。
設楽翔は頬杖をつき、窓の外を眺めている振りをして、中途半端に空いた休み時間をやり過ごしていた。そして、空に文章が浮かんでいるのに気づいた。「4月の半ば、」から続くその文章を、「設楽翔は頬杖をつき」まで読んで、天啓のように、翔は自分が小説として記述されているのだと気づき、立ち上がった。
机と椅子が思ったより大きな音をたて、翔は慌てて辺りを見回したが、特に気にしたものはいないようだった。しかし、教室の中に自分と同じように立ち上がり、辺りを見回している生徒がいた。
生徒の名は納部塁といった。二人は一瞬、目が合うと、ついとそらした。そして、そのままゆっくり歩いて、ばらばらに教室を出た。
教室の外の廊下は解放廊下になっていた。翔と塁は壁に肘をおき、並んで空を見上げて立った。
しばらく空を眺めた後、翔が口を開いた。
「これってさ」
「うん」
しかし、翔は口を閉じ、尖らせたり、また開けてまた閉じて、と、続きを言わない。
「早く言えよ」
そう言う塁の口元がぴくぴく震えるのを翔は横目で見て、目を見開いて、翔は言った。
「俺ら、主人公?」
「ぷふっ!」
塁が吹き出して、翔も我慢できなくなって笑う。
「ぶひひひひ」
「くぅふふふ」
「な、何、何基準」
「ひ、秘められた過去、力、思い」
「なんも、ない! わはは」
「ぼっち、とかは?」
「選定基準、かなしっ!」
「ぶはは。あ、ちょ、ぜんぶ文章になってるぅ! っふふふははは」
「くふっ! ほ、本当だ! しょうもない文章が、活字に」
「いいフォントで……うひひひ」
「絶対選定ミス。あははは」
「いや、違うぞ」
塁は真剣な顔に戻っていった。
「これから、俺達が主人公になるんだ」
「キリっ! じゃねー! ぶふっ」
「ひひひひ」
「だめ、腹痛い」
「ふーっ! ふーっ!」
「今、今思ったんだけど」
「な、何?」
「これって、短編かな」
「確かに、俺達で長く書ける気しない。ぶはっ!」
二人が気づいた通り、この小説は1000字で終わるのだった。
「くはっ! 地の文! 答えて……ひひひ」
「のこっ、残り文字数は……」
「50文字切ってるぅはははは」
「こっ、これって」
「オチない?」
「わははははは。わ、笑ってるだけで」
「終わった」
夏になると旅人は活発に行動する。彼らのツイッターをよく見てほしい。ローカル路線に乗車している旅人は「海に面した寂れた駅で臨時停車した。年配の女性が下車した」と実況するだろう。女性の後姿の写真をアップロードするかもしれない。それが開店の合図だ。見かけたらすぐに旅行の準備をして現地に向かうことをおすすめする。
その駅近く、国道沿いにはコンクリの建物があって『ドライブイン』という看板が掲げられている。普段は閉まっているそこへと女性は向かうはずだ。彼女はしばらく滞在して料理を作り、毎年、夏の限られた期間だけ店は開く。これはその土地の住人みんなが共有する秘密である。
検索よけのため題名は伏せるけれども、有名な映画がかつてそのドライブインで撮影された。主人公は夜通し列車に乗ってきて、朝もやの中、駅に降り立つ。女店主は店の外に出て、海を見ながら主人公の到着を待っていた。
最近の若い人は主人公の役者の名前を知らないだろう。今ではほとんど芸能活動をしていないから。
女店主が主人公に出すのはカツ丼。主人公は一気にそれをかきこむ。女店主はその様子を無言で見ている。その顔は微笑んでいるようにも見える。
私は秘密を共有している人間なので、毎夏ドライブインを訪れカツ丼を食べていた。彼女はいつも雪平鍋を使う。そして「カツは出来合いだけどね」と笑う。一方、卵の火加減と三つ葉は完璧である。かかっているテレビを見ながら一言二言会話する。期間限定営業でメニューはカツ丼だけ。カツがなくなったらその日は終了。のれんを外し、その後彼女は読書をしたり散歩をしたりして夏の日を過ごすようだ。
秘密と言いつつ今私がこの文を書いているのにはわけがある。コロナがあったので彼女が来るのは四年ぶり、住人は少なくなってしまった。それからその路線はいつ廃線になってもおかしくない状態だ。
言い古されたことだけれども、人生は旅で旅には発見が必要なので、読者の方々は是非ここの限られた情報からそのドライブインとカツ丼を見つけ出して『出来合い』ではない体験をしてほしい。
ちなみに彼女は映画中では食べるほう、つまり主人公である。女店主を演じた人はその映画公開後しばらくして亡くなった。「撮影の間、食べっぷりをすごく喜んでくれたんだよね」と、いつだったか彼女は私に話してくれた。今年私は、よい食べっぷりを披露したい。彼女は喜んでくれるだろうか。