第250期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 蘇泉 486
2 エーディト姫救出譚 Dewdrop 949
3 真っ赤な傘 三浦 1000
4 農機少女 朝飯抜太郎 1000
5 姉の頭 Y.田中 崖 1000

#1

彼女と別れた。理由は猫だった。
元カノは俺と付き合う前から猫飼っていた。去年元カノと同棲し、2人と猫1匹の生活をしていた。
元カノは猫が好きだが、猫の面倒を見るのは好きではなかった。だんだん俺が猫の面倒を見るよになっていた。
俺は猫がそんなに好きではないが、猫、あるいは人間の面倒を見ることは嫌いではない。猫の面倒を見ているうち、その猫が俺と馴染んできた。
しかしそれは凶暴な猫だった。ソファを破壊するし、充電ケーブルを噛んだりする。俺と親しんでいるせいか、飼い主の元カノとよく喧嘩するようになった。
そしてある日、大事な化粧品を壊した猫を見て、元カノが怒鳴り、「クソ猫を連れて消えなさい!」と何故か俺に言って、分かれることになった。

そもそも結婚願望がないから、マンションから引っ越しした。しかし猫を見捨てることは出来ず、結局ペットOKなマンションを探して、猫との生活を始める。

新生活の数日が経った。家に帰り、知らない美少女がいた。
「お前、誰?」と俺がびっくりした。
「貴方の猫よ。」その美少女が喋った。「彼女と別れさせるには苦労したよ。これから貴方を独り占めするね♡。」


#2

エーディト姫救出譚

 ……エーディト姫は目を覚ました。
 剣と剣がぶつかる音が聞こえている。
 見回せば、そこは依然と魔王の玉座の間(ま)の、奥に位置する部屋。その寝台の上。
(私が目を覚ましたってことは、魔王のやつが息絶え絶えになってるんだわ)
 彼女は考えた。
(このまま寝て待ってよっと。あ〜勇者様、早く来てこの手の話で定番のお姫様抱っこで連れ出して!)
 胸を高鳴らせる彼女のもとに、魔王と勇者のやりとりが聞こえてきた。
「さ、さすがだ勇者よ……ワシも敬服せざるを得ない」
(やった〜勇者様!)
「しかし、これで勝ったと思うなよ。キサマには弱さがある。この先は乗り越えられまい」
「何だと?」
(きゃ〜勇者様のイケボイス! そうだ! 何だっての負け犬!)
「確かにキサマは強い。しかしキサマは、強力な呪いによって魔法でも治せぬぎっくり腰に怯える男……プリンセスを抱きかかえて、ただで済むかな?」
(!?)
「……実は俺は、魔王のお前より彼女こそが最凶大魔王だと思っていた」
(わ、私が真のラスボスぅ!?)
「だから袋に詰めて、引きずって連れ出すことも考えた」
(悪役による誘拐シーンかよ! いや悪役でも肩に担いでくれるっつの!)
「でもそれはボツにした。結局、お姫様抱っこ代行業者を連れてきているぜ」
(おかしな勇者が来ちゃった! 私がヒロインの英雄譚おかしくなっちゃった!)
「何と……ソイツら全く戦闘に参加しないと思ったら、そんな仕事のやつらだったとは」
(『ソイツら』って、そんなのが何人来てるんだよ!?)
「一人が疲れたら次の一人。ワンフォーオール以下略。なあみんな!」
「ウォオーーーーー!」
 魔王の間がどよめいた。
(すっごい来てるよ! 私をお姫様抱っこする権利が伝説級の激安だよ! 激安王、もとい激安王女だよ!)
「勇者よ、ワシの……負けだ」
(私も負けたよ! これ何か「最も大勢の男に抱かれただらしない姫ランキング」みたいなので、私がみんなブチ抜くやつだよ!)

 勇者たちが奥の間に進むと、可憐な、華奢な女性が一人立って、おどおどとしていた。
「あ、すみません……えと……あ、あの私、普通に自分で歩けますんで……」
 イケメン勇者はにっこりとした。
「う〜ん奥ゆかしい! さあみんな、我らがエーディト姫を大事に運んでくれ!」
「うわーん神様助けて!」

(了)


#3

真っ赤な傘

 大好きな傘を忘れてきてしまった。真っ赤で、持ち手が黒い傘。お母さんが昔、パリではないフランスのどこかに友達と旅行に行った時に買ったものだとお父さんは話していた。当時のお父さんは大学生で、お母さんは同じ大学で一年先輩だったけど、お父さんは一年留年していたので歳は同じだった。その友達というのはお父さんとは違う男の大学生で、お母さんはただの友達だと死ぬまでずっと言っていたのだが、お父さんはお母さんが死ぬまでずっと何となく疑っていたと酔っていた時に話していた。お母さんとお父さんは落語研究会にいたそうだが、熱心なサークルではなかったので落語なんか誰もやっていなかったらしく、それでもお母さんとお父さんは『寿限無』だけは覚えていてどちらかが家にいない時には披露してくれた。お母さんもお父さんもお互いに子供に披露しているなんて知らなかったかもしれない。
 書店で立ち読みをしていたらゲリラ豪雨がやってきた。それで傘の置き忘れに気がついた。スマホで雨雲レーダーを確認したがあと一時間はやまなさそうだ。そういえば菖蒲が今日は部活だだりいと言っていた。一時間後、豪雨が去って五分後に菖蒲が書店に現れた。傘は? と聞くと、なかったよ。
 菖蒲と学校に戻って探したけど見つからない。力が抜けて地面に座り込んでしまった。今朝はお父さんと進路のことで喧嘩していていつもならビニール傘を持っていくのにお母さんの傘を持ってきてしまったのだ。お母さんはあの傘を大好きな傘だと言っていた。お父さんはそれを聞く度に不機嫌になった。昔の男を褒めてるみたいで気に食わなかったんだろう。実のところ、お母さんとお父さんはラブラブカップルというわけではなかった。普通そうでしょ、という菖蒲の両親はラブラブカップルに見える。
 帰りたくなかったので菖蒲が家に誘ってくれた。ご飯をごちそうになってお風呂に一緒に入って菖蒲のお母さんに車で送ってもらった。既読はつけたけど返信しなかったから怒られるはずだった。
 ご飯食べたのか。風呂入ったのか。傘はどうした。パンが切れてるから買ってくる。
 またカレーかよ、と思いつつ書き置き。明日の朝食べます。ごめんなさい。
 気まずい朝食。カレーは食べた。いってきます……の前に赤い傘がある。
 本屋にあったぞ。目立つ傘だから気がついた。
 探してくれた……のか? ありがとう。いってきます。
 菖蒲に連絡。
 傘あった。本屋。


#4

農機少女

 夕方の作業小屋。逆さにしたコンテナに座る青年。
「写真見たよ。いい人そうじゃない」
「うん」
「健康そうだし、農作業も手伝ってくれそう」
「うん」
「綺麗だし、明るそうだし、優しそう……」
「うん」
「どうしたの? 嬉しくないの?」
「……君が悲しそうだから」
 しばし沈黙が下りる。
「……仕方ないよ。タモツ君ももうすぐ25歳でしょ。そろそろ結婚してさ。そして、子供ができてさ、おばさん達を安心させて」
 タモツは声の主を抱きしめた。彼女は簡単に抗えるはずのその腕を払えない。最後の抵抗として声を出す。
「だめだよ、私は」
「いいんだよ」
「だって、私は、トラクターなんだよ」
「でも、好きなんだ」
 農機の少女は完全に沈黙した。やがて離れた一人と一機は、すでに決意していた。
「行こう」
 タモツの問いかけに少女は、頷く代わりにエンジン音を轟せ、胸のライトを光らせた。
 山沿いのあぜ道を、タモツを乗せた少女が駆けていた。村の夜は暗い。端から体が溶けていくような闇を、少女のライトだけがを切り裂いていた。
 二人の脱走がばれる前に、国道に乗らなければ、面倒なことになる。
「タモツゥ!」
 その時だった。声と共に、鋼の心臓音を響かせ、斜面を削りながら駆け下りた農機が二機、タモツに並んだ。
「ダイゴ! ユウサク!」
 タモツの叫びに答えるように、農機の上の青年が叫んだ。
「どうしてもいくのか! この村を捨てるのか!」
 その声は、怒りと悲痛を含んでいた。タモツの顔も歪む。しかし、
「俺は、この村が好きだ。でも、それ以上に、この子が好きなんだ! わかってくれ!」
「このっ! 馬鹿野郎が!」
 ダイゴと呼ばれた青年の農機が、大きく反転し、農機後部の回転する刃が、青年に向かった。次の瞬間、土を抉る破砕音がして、ダイゴと少女の後ろのあぜ道が崩れる。
「行け! 貸しだぞ!」
「タケシさんとこの、最新型も出てる。早く、行って」
 崩れた道の向こうで、もう一人の青年が手を振った。
「ダイゴ、ユウサク……」
 タモツは、涙をこらえて、二人の友人に背を向ける。去りゆく際に、大きく右手を上げた。
 農道を駆けながら、少女が呟く。
「これで、良かったのかな」
「それは、俺たちがこれから決めるんだ」
 いつの間にか、辺りが明るくなっていた。朝日が水田をきらめかせた。
 タモツは、叫んだ。
「行こう! 水田の向こうへ!」
 農家の嫁不足は、科学技術の進歩により、さらに加速しつつある。


#5

姉の頭

「むかえきて えき」
 夜九時近く、姉からホラーじみたメッセージが届いた。ああ? とスマホを睨んでサンダルを履く。十日ぶりの外は蒸し暑く、虫の音がやかましい。
 田舎の無人駅まで走って五分。自転車の鍵をなくしたのが先月、捨て猫を見つけて途方に暮れたのが先々月。今日は姉の姿が見当たらない。列車が参りますアナウンスの後、轟音と質量の塊が闇を切り裂いていく。
「駅のどこ?」メッセージを打つも既読スルー。
 発信。出ない。
「おーい」既読。
「そもそもなんでカタコト?」既読。
 イラッとして再度発信。かすかにスマホの振動音が聞こえた。柵の向こうだろうか。急ぎ足で改札に向かい、少し悩んでスマホをぴっとする。明滅する蛍光灯の下、薄暗いホームに人影はない。発信。小さく呼び出し音。誰もいないのに? じゃあさっきのメッセージは何よ。スマホ落として乗り過ごした? あの姉ならないとは言い切れない。でも既読ついてるぞ?
 音のする方へ近づく。ベンチの陰に点滅する光が見えた。転がるバッグに警戒レベルが跳ね上がる。弧を描く長い髪束、先には見慣れた後頭部。
 姉の頭だ。
 なんで? 身体は? バラバラ殺人事件?
 すると頭が振り返り、困ったような笑みを浮かべた。
「あ、ユウちゃん。ごめん、なんか頭だけ? になっちゃって」
 は?

 姉の頭と荷物を抱え、インターホンで隣駅の駅員さんに連絡して改札を出る。首だけ姉を見られたらとハラハラしたが、幸い誰にも会わなかった。
 帰宅早々「お風呂入りたい」「おなかすいた」と我が儘放題の姉をシャンプーし、風呂上がりにアイスを食べさせる。同居歴二ヶ月の猫のミイが、姉の咥えたアイスの棒にじゃれつく。この事態を受け入れつつある自分に嫌気がさした。
 転がって移動する練習を始めた姉に尋ねると、帰りの電車で体を触られたのだと言う。降りる瞬間に首から下の感覚が失われて気づいたら頭だけだった、閉まる扉の向こうで首のない体に絡みつく手が見えた。表面上笑顔で語る姉の頭を抱きかかえる。悔しくて涙が溢れ、それから二人でわんわん泣いた。幼い頃、私を泣かせたいじめっ子の前に仁王立ちした姉。二人で迷子になったとき、私の手を引いて気丈に振る舞いながら実は震えていた姉。姉の体を奪った相手が、姉に体を切り捨てる選択をさせた世界が憎かった。
 涙を拭いて両手で姉の頭を掲げ、目を見て言う。行こう。姉が頷く。私たちは姉の体を取り返す。


編集: 短編