第250期 #5

姉の頭

「むかえきて えき」
 夜九時近く、姉からホラーじみたメッセージが届いた。ああ? とスマホを睨んでサンダルを履く。十日ぶりの外は蒸し暑く、虫の音がやかましい。
 田舎の無人駅まで走って五分。自転車の鍵をなくしたのが先月、捨て猫を見つけて途方に暮れたのが先々月。今日は姉の姿が見当たらない。列車が参りますアナウンスの後、轟音と質量の塊が闇を切り裂いていく。
「駅のどこ?」メッセージを打つも既読スルー。
 発信。出ない。
「おーい」既読。
「そもそもなんでカタコト?」既読。
 イラッとして再度発信。かすかにスマホの振動音が聞こえた。柵の向こうだろうか。急ぎ足で改札に向かい、少し悩んでスマホをぴっとする。明滅する蛍光灯の下、薄暗いホームに人影はない。発信。小さく呼び出し音。誰もいないのに? じゃあさっきのメッセージは何よ。スマホ落として乗り過ごした? あの姉ならないとは言い切れない。でも既読ついてるぞ?
 音のする方へ近づく。ベンチの陰に点滅する光が見えた。転がるバッグに警戒レベルが跳ね上がる。弧を描く長い髪束、先には見慣れた後頭部。
 姉の頭だ。
 なんで? 身体は? バラバラ殺人事件?
 すると頭が振り返り、困ったような笑みを浮かべた。
「あ、ユウちゃん。ごめん、なんか頭だけ? になっちゃって」
 は?

 姉の頭と荷物を抱え、インターホンで隣駅の駅員さんに連絡して改札を出る。首だけ姉を見られたらとハラハラしたが、幸い誰にも会わなかった。
 帰宅早々「お風呂入りたい」「おなかすいた」と我が儘放題の姉をシャンプーし、風呂上がりにアイスを食べさせる。同居歴二ヶ月の猫のミイが、姉の咥えたアイスの棒にじゃれつく。この事態を受け入れつつある自分に嫌気がさした。
 転がって移動する練習を始めた姉に尋ねると、帰りの電車で体を触られたのだと言う。降りる瞬間に首から下の感覚が失われて気づいたら頭だけだった、閉まる扉の向こうで首のない体に絡みつく手が見えた。表面上笑顔で語る姉の頭を抱きかかえる。悔しくて涙が溢れ、それから二人でわんわん泣いた。幼い頃、私を泣かせたいじめっ子の前に仁王立ちした姉。二人で迷子になったとき、私の手を引いて気丈に振る舞いながら実は震えていた姉。姉の体を奪った相手が、姉に体を切り捨てる選択をさせた世界が憎かった。
 涙を拭いて両手で姉の頭を掲げ、目を見て言う。行こう。姉が頷く。私たちは姉の体を取り返す。



Copyright © 2023 Y.田中 崖 / 編集: 短編