第25期 #9

ステーキ

 「僕たち、どうして向かい合って食べてるのかな?」
 油の浮く文庫本くらいの厚さのステーキにナイフを入れて、僕は肉とその言葉を口にした。
 「ひとりじゃないって、確認するためなんじゃない?」
 彼女のフォークはトウモロコシの粒がお気に入りのようだ。
 僕の興味から、横に並んでみることにした。
 「うん。さみしいね」
 「そお? 横にいるのよ、わたし」
 彼女はトウモロコシを平らげてニンジンに移っていた。ナイフの描く軌跡が鉄板の上に紅い切れ端を生み出す。
 僕の方は手が止まっていた。
 「ごめん、元に戻ろうか?」
 「わたし、ゆっくり食べたいの」
 「平気なのか?」
 「こうして側にいるじゃない」
 「……僕たち、別れよう」
 「いいわよ、別に」
 細切れになったニンジンを、彼女はひとつひとつナイフに刺して口に運んでいた。
 「ステーキ、食べないのかい?」
 「よかったら、あげるわよ」
 僕は、手をつけていないステーキを食べかけのステーキの上にのせた。
 「替わりに、これ頂戴ね」
 彼女は僕のから、黄色と赤色をすくっていった。
 僕たちは、黙々と食べた。
 「……戻って、いいかな?」
 「どうぞ」
 僕たちは、再び向かい合った。
 「あのさ」
 「なあに?」
 「僕たち……やっぱり付き合おうか?」
 「いいわよ、別に」
 「ありがとう」
 僕がそう言うと、彼女は初めて、トウモロコシでもニンジンでもなく、僕を見た。
 そして、驚いたふうに、
 「あなたって、わたしとは違う人だったのよね」
 と言った。
 「うん。僕も今、そう思った」
 彼女はまた、トウモロコシとニンジンに戻っていった。
 僕も、ステーキだけがのっている鉄板へ戻った。



Copyright © 2004 三浦 / 編集: 短編