第25期 #10

オレンジの夜

ボルヴィックのボトルを口にあて、コクリと一口飲んだ。
ボトルを持つ手が震えている。
大きく広がった窓の外には、いつもより透明な空気があるような気がした。
窓の向こう側にはビーズを散りばめたように光る夜景があるのに、
窓はまるで鏡のように、私の姿を映しているだけだ。
その動かない細かな光の群れは、
ただ、オレンジ色のルームライトに照らされた、私の体の影を飾っていた。

まだ、ずっと酔っていたい。
酔ってすべてをまかせてしまいたい。
好きだということを、忘れてしまうくらいに。

髪のしずくが肩に落ちる。
さっきの熱いシャワーが、エアコンのせいで冷え切ったしずくになる。
すっと、鎖骨から胸へと、しずくは伝い落ち、そのたびに恥ずかしさで吹き払う。
いくら拭っても、涙のようにとめどなく、
その思いは消えない。
シーツを剥ぎ取って、体中に巻きつけた。
そしてベッドの上に座った。

ほんの数分。
明るすぎる部屋で、落ち着きなく、シーツの間から顔を出す私が、窓に映った。
やっぱり、ヘン。
なんでそんな色っぽい顔をしてるの?
いつものようにはしゃいで、大好きって言えばいいのに。
シャワーの湯がバスタブを打つ、強い音が聞こえる。

静かになった。
彼がシャワーを終えて、出てきているのが分かっているのに、そっちを向けない。
なんだろう。まるで磁石のNとN。SとS。
彼とは反対の方向に、顔を向けてる。
「寒いの?」
彼が、縮こまる私に向かって不思議そうに聞いた。
「…ちょっと、寒いかな…。」
エアコンは心地いい。
全然寒くなんかない。
彼はにこりともせずに、私のそばにやってきて、顔を覗き込んだ。
私の髪をかき上げて、そのまま、頬を優しく撫でた。
「髪乾かさないと、風邪引かない?」
髪のしずくで顔を濡らしたままの彼が、そんなことを言った。

私は今、
どんな顔をして彼を見ているんだろう。
私を見る彼の目は、なんだか小さな子供のよう。
そんな彼を見ていると、
さっきまでの恥ずかしさや、少しの不安がどこかへ消えて行く。

この人を受け入れたい。
微かに見せる、彼の迷いとか、恐れを、今は敏感に感じられるから。
私にできることは、
包み込んであげることだけ。

彼の横顔に、オレンジの光が深い陰影を作る。
初めて、私の夜を染める。


Copyright © 2004 直 未恕 / 編集: 短編