第25期 #8

taboo

巨大なチェス盤の上。
白と黒の、人間大のチェスの駒が整列している。
舞台右手から、豪奢な黒の衣装を纏い、銀の仮面を
つけた黒の王、登場。
ゆっくり舞台を横切ると、マントを翻して正面を向き、
黒の陣地のキングの位置に置かれた、高い椅子に座る。

黒の王
「君は、まだ知らない
 それを知った時の君の豹変を、半ば恐れ、
 半ば期待しながら、私はただ頷いてみせる
 君は私を憎むだろう
 それでも私は、君を許すだろう」

言い終えると、黒の王、俯く。
舞台袖から、澄んだ幼い声が聞こえてくる。


「されてもいないことを、今から許すというの?」

白い毛皮で縁取られた、白のマントを引きずりながら
舞台左手から少女(白の女王)登場。
優雅な動作で、白の陣地のクイーンの駒に座る。
椅子が高いために、足は床に届かない。

白の女王
「心から信じていたからこそ、心から憎めるのよ
 あなたは人を信じるのが怖いのね
 …ポーン、e4へ」

黒子、白のポーンを、その位置に移動。
以下、会話の切れ目ごとに、静かにチェスが進められる。
黒の王、顔を上げ何か言いかけるが、また俯く。

白の女王
「なぜ黙っているの?
 疑いに対する沈黙は肯定と同じよ
 そして不信には不信を
 憎しみには憎しみを返すのが人間だわ」

黒の王
「言ってはいけないんだ」

白の女王
「何を言ってはいけないの」

黒の王
「言ってはいけないから、言えないんだ」

白の女王
「言ってくれなきゃ分からないわ」

黒の王
「その通り
 もう分かったかい」

白の女王
「分からないわ」

黒の王
「分かったようだね」

白の女王
「分からないわ
 試そうともしない貴方が」

白の女王、椅子から降りて立つ。
照明、赤に変わり、女王の白い衣装が赤く染められた
ように見える。

白の女王
「それでもあたしは、貴方を憎んでやるわ」

スポットライト。白の女王、ゆっくり黒の王に近づいて
頭を撫でる仕草。

白の女王
「それでもあたしは、貴方を憎んでやるわ
 …さみしい人」

ライトOFF 白の女王、退場。
舞台中央、立ち尽くす黒の王にスポットライト。

黒の王
「君の気付いていないことに、私は気付いている
 私が気付いているということに、君は気付かない
 それでも私は、君を許すだろう」

吹雪の音。
黒の王、寒そうに、きつく体にマントを巻きつける。
音、ライト、段々と消えていく。

(暗転)



Copyright © 2004 ザラメ / 編集: 短編