第25期 #7

しばらくよろしく、遠藤くん。

 ここに階段がある。
「あゆちゃん、良くお聞き。父は、男の子が欲しかった。」

 やっと歩き始めたばかりの娘に判るわけがない。今日から男の子として育てようと決めて、この二階の踊り場に連れてきた。危険極まりないが、この危機を乗り越え得れば私ら親子の選択に間違いはない。これは試練だと、自分にいいきかせた。
「世間がなんだ。二人でこの修羅を乗り越えようじゃないか。」
「また獅子は、我が子を千尋の谷へ突き落とし。」
這い上がってきたものを育てるという。本当に落ちたら堪らないけどそのたくましさが男の浪漫だよ。
「さあ、あゆむくん。行こう。」
そっと手を離す。

 と、そこへ眉間に一発、火花が散った。一目で、妻は事態を察しアホな亭主から"あゆみ"を奪還すべく動いていた。さすがに似たもの夫婦である。離す瞬間を狙って"あゆみ"を庇うように抱えると腹這いにうづくまる。私は、
「な、なんだ。獅子は千尋の谷へだなぁ。男の浪漫があゆむくんだ。」
子供じみた言い訳が、かなり混乱している。
「その、だから、太い尻を向けるなって。」
ずいぶん失礼な注文である。
「バカじゃないの。」
妻は、私の言い訳を聞いて安心したのか、落ち着いて座りなおし、
「言っときますけどね。」
切り返す声には、いつもの調子がある。
「医師だか隣人だか知りませんけど。」
「おまえ。獅子に千尋だ、センジン。尻をふって、違う。」
「試してみたいなら、自分で落っこちればいいじゃないの。」
「そうやって、ぶた鼻を近けるなってば。男同士なんだ俺達は。」
「ふん。なんなら今から私が…。なにさ。ちょっとあんたも、なに、やってるの。」
"あゆみ"は抱えられながら、どう思ったのか妻のシャツの間から、胸元をまさぐりだした。

 これが男の本質か。妙に納得すると下からお父さんと呼ぶ声がする。彷徨う視線の先におたまを握り締めた婆ちゃんと目が合った。中学生の"はな"は胸に座布団をかかえて様子を伺う。小学生の"ちぃ"がヒョロっと伸びた足を一段目にかけて、携帯をふりかぶっている。

 女だらけだよ。
「"かほ"!ジッとしてればいいの。」
妻の声が飛ぶと同時に、忘れていた三女が向こう脛に
「あゆちゃんとだけ遊んで、ずるい!」
と、ドンと飛び込んできた。

 そして病室。店をあれこれ手伝ってくれている遠藤くんは私をみつめ
「で、あぁ。あ〜。って感じですか。」
と、呆れ顔だ。私はギブスを掻き毟る手を止めて、ニカっと笑ってみせた。



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