第25期 #27

弟の郵便

 五つ下の弟は、今年満で二十六になるが、定職に就かず、毎日、肩まで伸ばした金髪の手入れに午前中いっぱい掛け、あとは部屋にこもり、時々ベースを担いで出かけていくと、二日も三日も帰って来ない。
 大学は私立の経済だったが、二年留年した。付属の高校から無試験で入ったが、成績が今一つだったので、比較的出来のいい連中が行く法・文からはあぶれたのである。しかし数学の出来ない人間に、経済学はどだい無理であった。
 兄に輪を掛けて要領が悪い人間で、煉獄のような大学を抜け出すだけで、エネルギーを消耗してしまったらしい。
 ふだん家ではろくに口も利かないが、夏休みで、お互いに少しゆっくりしたので、ぽつぽつ話す機会があった。
「一緒にバンドやってる奴の彼女の弟の友だちってのが、このあいだ海で溺れて死んだんだけどさ」
「そりゃまた、天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘、みたいな」
「そんなそれ程じゃないじゃん、彼女から見りゃ、弟の友だち、なわけだから」
「まあそうだわな、高校生くらいか」
「うん、新聞にも出てたし」
「そういやこの夏は高校生があちこちで死んだな、十六七で勿体ない」
「そいつもバンドやろうとしてたらしくて、やっぱりベースで、曲の楽譜書いて下さいって俺に頼んで来てたわけ」
「ふーん」
「で、こんな事になって、今度は家族がさ、仏壇に供えるからって」
「書いてやったの」
「ううん、だって面倒くさいもん」
「冷たいヤツだね、化けて出るよ」
「バンドやるなら楽譜くらい自分で聴いて自分で書けよって話で」
「あーあこの人は、みすみす化けて出られる道を選んでしまいました」
「だから」
 だいぶ経ってから、そう言えば、と思い出した。二三日前、切手ある? と訊いて来たのである。
――封筒に貼る奴。
――じゃ八十円だろ。
――少し重いかも知れないんだけど。
――たいがい八十円で行くけどね……十円足しとけば間違いはない。
――そこのローソンって、ポストあったっけ。
――あるよ。
――どの辺に。
――カウンタのこっち側に下がってるけどね。
――レシート入れとか、ご意見をどうぞじゃなくて?
――だからポストだって。お前ね、兄の言うことを信じないわけ?
 結局、車を出して郵便局まで出かけて行った。何を出したのかは見ていない。
 よほど大切な郵便だったようだが……今さら確かめる事はしないで置こう、とおもった。



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