第25期 #19

石をみて思うこと

ここに石があるとする。

それはそれは大きな石で、高さ3mはあるだろうか。幅も同じくらいだから、正方形だと思っていい。色は黒。少し青みがかった光る黒だ。

さて、人はこの石を前にどういう反応を示すだろうか。それが由緒あるものだとか、どこに置かれているかで印象はまったく変わると思うが、たとえば夢の中にぽーんとでてきたということにしてみる。

彫刻家は石のなかに、すでに出来上がった像をみると聞いたことがあるから、ある彫刻家の男性にはこの石が一人の美しい女性の裸にみえるかもしれない。あるいは地質学者がいて、彼にとってはたとえ夢の中でも、その石にじかに触れようと試みるだろうし、それが何かの力できないときは、それは石ではないかもしれない、と判断するか、では何であろうか、と考察していくだろう。

私はどうかというと、実は昨晩この状況を夢でみたのだった。夢を夢だと気づかせないところが夢の不思議であるが、私の前にたたずむ3mの石を前に、その石こそが本当の私である、と思った。彫刻家のように裸をみるわけでも、地質学者のように分析するわけでもなく、石が私である、というのだからへんな話だが、へんな話だというのは目が覚めているから言えるわけであって、夢の中では人生における重大な問題だった。

その大きな力強い、圧倒的な存在を前にして、この石を見ている私はなにか薄っぺらい偽者のように思えた。当然、本当の私が目の前にあるのだから、石に触れてみるのだが、石はひんやり冷たくて固く、決して石の中に入っていけるわけではない。それが寂しかった。

しばらくして石を殴りつけてみたが、やはり石なので、右腕のこぶしに痛みが走り、もしかしたら夢の中で骨を折ったかもしれない。気がついたら泣いていて、そういうときの涙というのは、えーんえーんと大声をあげるよりむしろ脂汗のようにじとじと顔が濡れる。そのときまでは意識に石のことしかなかったが、あらためて石の背後に目をむけると川がながれていて、ここが河川敷だったことにきづいた。夜があけようとしていて、太陽にむかって両手を広げ、光を浴びようと思ったのだが、思っていたよりずっと光が強く、オーブントースターの中に入っているかのように、身体が焼けていく。

あわてて石の裏側にまわり、服を脱いで裸になって、ヤモリのように石にくっつくと、冷たくて気持ちがよくて、いつのまに石になっていた。


Copyright © 2004 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編