第25期 #18

黒い郵便屋さん

僕は黒い郵便屋さん。みんなが僕のことをそう呼ぶ。僕の仕事は不幸の手紙を配達すること。僕がみんなに手紙を渡すと、誰もが青ざめて凍りつくんだ。それからじわじわと不遇を嘆いたり、めそめそ泣き始める。かと思えば突如怒り沸騰、僕の胸ぐらをつかむ者もいる。まあ、落ち着いて聞いてほしい。不幸の手紙は悲運への赤紙。何人も決して、逃れることはできないんだ。

誰かさんが書いた不幸の手紙は、すべて僕の黒いポストに届けられる。僕はそれを丁重に、宛名の主まで運んでゆく。そして必ず手紙について説明する。説明は大切だからね。説明書なしでジェットコースターが運転できるかい?それが地獄へのジェットコースターだとしたら尚更だ。こう見えても僕は紳士なのだよ。

手紙には受取人が成すべき事と、その期限が明示されている。達成できなかった者は死神に魂を奪われるんだ。君は、死神を見たことがあるかい?足先まですっぽりと黒いぼろをまとい、頭はどくろ、眼窩に大蛇を飼っている。齢三千年を超えた蝙蝠の怪異を手下にしているが、こいつは体毛の長い大猿に似た化け物で、寝ている人の口中からつるつると魂を吸い出す癖のあるいやらしい奴だ。死神ならまだしも、蝙蝠猿に魂をぬかれた日には、誰だって浮かばれやしないだろう。

怖がらせてすまなかった。戸棚の裏から出てきて、何かひと口飲むといい。気分を変えて手紙の話をしようか。死神が対象者の処分を終えたあとの手紙のことだ。残された手紙は収集され、特別な場所に送られる。水平線の果てにある、地図に存在しない孤島。老夫婦がたった二人で住んでいる秘密の小さな島だ。老夫婦は日の出とともに起き出して、島の聖域で儀式に則り、しめやかに手紙を始末する。要は、燃やしちまうんだ。

昼間の空いた時間に、老夫婦はくじを売って暮らしている。絶海の孤島の宝くじ。眉唾ものだが、これがなんとハズレ無しの大当たりばかりなんだ。噂によると、手紙を燃やしたあとの灰をくじにちょいとつけるのが、運を味方にする秘訣らしい。一握りの選ばれた人間だけが、幸運の降りそそぐ宝島の恩恵にあずかることができる。僕もそのひとりと言うわけさ。

そろそろ日が暮れてきたのでおいとましよう。随分長居をしてしまったようだ。珈琲はとても美味しかったよ。さあ、僕の上着の裾を離したまえ。そんなに心配することはない。誰にでもあることさ。グッド・ラック。手紙はここに置いておくからね。



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