第25期 #17

 古臭いことだと解ってはいても、それ以外の方法を何も思いつかなかったのだ。
 竹子さんは、胸元まである漆黒の長い髪を二つに分けた。指通りのいい滑らかな髪を、いとおしむように撫でていたが、意を決するかのように、右側の髪を掴むとバッサリと肩まで切った。ちぐはぐになった髪のせいで、左側に頭が傾く。おや? というようなポーズをとっている。そのままの姿勢で、床に落ちた髪を見つめた。
「未練がこんなにいっぱい……」
 足元に纏わりつく未練を、むぎゅっと踏みつけると、柔らかいがチクチクとした感触が足の裏をくすぐった。温かいような気もした。ツンとしたものが脳に伝達される。
「あらあら」
 竹子さんの目から、大粒の雪が降り始めた。黒に被さるように白は降り積もり、温度を下げていく。はらはらと雪は降り続いた。
「もう春なのに……」
 傾いた顔の上を滑り落ちていく雪は、止まることを知らない。竹子さんは、にゅっと舌を伸ばすと、舌先に雪が落ちた。落ちるとすぐに雪は舌に馴染んだ。しょっぱい味がした。
「喰ってやる」
 竹子さんは、蛙のように凄い速さで、舌を出しては雪を取り、口に入れたが、雪を食べつくすことはできなかった。机の上に、ぽつねんと置かれた結婚式の二次会の招待状。雪はその上にも降り注いだ。竹子さんは、なぜ? というようなポーズをとっている。
「あと半分」
 竹子さんは、傾いた自分の顔を両手でしっかりと挟み、無理やり真っ直ぐに戻してから、左側の髪を掴んだ。
「これを切ったら、おめでとうって言う顔の練習をするんだ。意地でも言うんだ」
 呪文のように呟くと、残っている未練に鋏を入れた。切られたという声と共に、ゆっくりと床に落ちる。ちぐはぐだった髪が揃い、身体全体の中心線が真っ直ぐになるのを感じた。竹子さんは、足元に力を入れる。踏みつけられた黒い髪は、いくらか湿ってはいたが、何も感じることはなかった。
「おめでとう」
 よく通る澄んだ声が出たことは、竹子さん自身を一番驚かせ、喜ばせた。頬にいくらか残雪はあったものの、その顔には、春の笑顔が芽吹いていた。



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