第25期 #14

相田七丁目一番地

 向かいのペットショップやさんはいつも通り九時に開店したけど、今日はお盆。午前中に一台車が来たと思ったら、お墓参りへ行く途中の知り合いの人だった。
「客は来るかね」
「来ないねぇ」
ちいさな町のちいさなペットショップや。珍しい物といえば力士の首周りくらいあるモルモット、シッポを垂れて吠えないコリー犬。暑い夏の日射しに、鈍色した生け簀に流れる水道水の音が涼しさを醸し出している。

 店の前を歩いて通る人はいない。みんな車で墓参りに行くんだ。お墓は街並みを外れた山裾に多くある。町を囲む山々にそれぞれお寺があるから町中の人が墓参りに行ってしまうと、町にほとけが集まる。墓参りに行ってほとけに会えたと勘違いする人はしあわせ。ほとけは地獄の釜を抜け出して、町を闊歩してるとか。

 ペットショップやにもやってくるだろう、店主の死んだおやじさんが。
「いやぁ、この店だけだよお盆に開いてるのは」
なんだかおやじに似てる人だと店主は思いながら
「口のあるものに休みは通じないからねぇ」
豪快に笑って、金魚の水槽にえさをぶち込む。
コリーがやけになついて、おやじさんは
「こいつを連れて帰ってもいいかな」
商談を持ちかけ、店主はコリーの今までに見た事ないような人を慕う目を見て
「いいっすよ。でもこいつ店の看板犬なんで、値段がついてないんですわ」
「値段がないとはますます気に入った」
おやじさんは目を細めてコリーをなでる。墓地の住所を紙に書くと
「電話はないんだがね、訪ねてもらえばここにいるから」
サインだけで店主はコリーをおやじにゆずることにした。根っからの動物好きというのではなかったけれど、一瞬だけコリーを愛おしいと思った。

 店主がおやじさんにコリーをゆずった事で、引き替えのようにいいことが店主に降って湧いたかどうかは知らない。きっとひとつくらいはあったんだろう。なくてもどうってことはないけど。

 コリーはどうしただろうか。まさか墓地を彷徨っているなんてことはないはずで、たぶんおやじさんの知り合いのむちゃくちゃ犬好きの家に舞い込んだだろう。けんちゃんの生まれ変わりだよ、けんちゃん犬好きだったからほら鼻のあたりどことなく似てると触られて、けんと名付けてくれる家にいるはずだ。

 店主は知らない。店の雑音に混じって夕方にはコリーのくうんという鳴き声が聞こえる。普段から鳴かない犬だったから、くうんと鼻筋を空気が通り過ぎても誰も気づかない。



Copyright © 2004 真央りりこ / 編集: 短編