第25期 #15

寝汗

 寝汗がああん一杯出るからタールでも摂らないとやってられないわの略であるネアンデルタール人の滅亡がタールとニコチンの作用を逆に解釈してしまったことに端を発する悲劇であることが世間に広く知られて久しいが、ホモサピエンスである俺にとっても、寝汗というのは相当気分の悪いものである。
 相当気分が悪いということは、目覚めて早々に吐き気を催すことに相通ずるところがあり、やだ、もしかして、と鏡に映る自分の顔をじっと見詰めて頬に手を添えてしまう事態も想定され得るが、手を添えた頬は脂ぎっているだろうから、男は妊娠しないというよく知られた結論に行き着いて一安心するに違いない。
 一安心と言えばオートロックがその産地として有名だが、最近では二安心三安心の開発も進んでいると聞く。フィギュアフォーレッグロックがどの家庭でも愛用されていた牧歌的な時代もよいものだったが、やはり白覆面は汚れが目立ち過ぎたのである。
 白覆面については特に思い当たるところがなかったので、俺は仕方なく目を開けた。暑く重苦しい空気が身体中にまとわりついてくるのがわかり、堪らず一つ寝返りを打った。
 飲む、打つ、買うの三つのエネルギーによって我々の世界は回っている。即ち、酒を飲んで目が回り、ボールを打ってベースを回り、モーターを買って軸を回すのである。
 一体今は何時なのだろうか、天井を見上げたまま手を伸ばして枕元を探ってみるが、時計の手応えは無い。あるいは時計など初めからなかったのかもしれないってベタだねどうも。
 俯せになって頭の先を見ると、時計はすぐそこにあった。十一時三十分。さほど意外な時間ではない。暑くて仕方ないのでもう起きようと思うのだが、身体がなかなか動かない。つい先程まで、何かとても面白いことを考えていた気がしてならないのだが、どうにも思い出せない。ないないづくしのナントカ。
 なんとか上体を起こすと、ひどく寝汗をかいているのに気付いた。おまけに顔が脂ぎっている。寝汗に関して何か発見したばかりのような気もするが、何だったかわからない。
 眠る直前や眠っている間に面白いことを思いついたら書いておこう帳を枕の下から取り出して最新のページを開くと、面白いことを思いついたらきちんとメモを取ろう、と書いてあって、なるほどそれは大切なことだと、ぺしりと打った膝は微妙にべとついていた。あるいは手の方がべとついていたのかもしれない。



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