第249期 #7

共感

 壇上の探偵は拡声器を手に声を張り上げた。
「この中にぃ〜!」
 しかし、体育館は暇な高校生のざわめきで満ちていた。声は届かない。
「犯人はぁ〜!」
 さらに声を張り上げた瞬間にピィィンと割れた音が飛び出して、
「……います」
 反射的に小さくなった声は、完全にのまれて消えた。
 教師達は生徒を鎮めようとしているが、どこか投げやりだ。静かにする気のない人間が数百人もいると、こうなるのが自然。とはいえ、それなりの進学校の生徒達が、たった一人の話もちゃんと聞けないことにイライラする。
 真剣に話を聞いているのは俺だけだ。探偵の話を、犯人だけが聞いている。登場人物の民度の低さに俺は絶望する。
「この事件はぁ〜」
 よし! 偉いぞ! がんばれ! 健気な探偵に思わずエールを送る。
「最初の被害者とぉ〜、二人目の被害者がぁ〜、被害にあった時間を偽装しぃ〜、犯行時刻を交換することでェ……」
 不可能状況を作り、でもそれは、
「犯人の真の動機を覆い隠すためだった」
 グゥゥーッド! そうなんだよ!
 胸が熱くなる。理解される喜びに震える。
 思わず周りを見回すが、はっとした顔は一つもなかった。雑談に夢中な奴、聞いているのかわからない奴、本を読んでいる奴……。
 「犯人はぁ〜」
 どこかで、どっと笑いが起こった。探偵はビクッと肩を震わせて、言葉を詰まらせた。
 陽キャ共め。地獄で業火処分されながら内輪ノリの罪深さを思い知れ。
 探偵は不安そうに周りを見回していたが、一度大きく息を吐くと、意を決したように叫んだ。
「犯人は――あなたです」
 タイミングよく明りが消え、探偵の指の先を照明が照らした。グッジョブ! 演劇部照明係!
 周囲の生徒が光を避けて移動し、立ちすくむ俺だけが残った。
 光に手をかざし、壇上の探偵を見た。
 少し涙ぐんでいるが、顎を引き、懸命に背すじを伸ばしている。
 これは何の冗談ですか? 証拠は? あなたの説明には矛盾が二つある。
 言うべきことはたくさんあり、俺は冷静で残虐な犯人として、この学校の馬鹿どもの目を覚まさせないといけなかった。
 なのに、今、俺が一番やりたいのは、壇上に駆け上がって、探偵を抱きしめることだった。やったな、すごいよ、と言いたかった。
 「うっ……う」
 嗚咽がもれる。俺の情緒はもうダメになっている。でも、壇上の探偵の心配そうな顔を見ると、何か言わねばと思って、
 「こ、これはなむのじょう」
 かんだ。



Copyright © 2023 朝飯抜太郎 / 編集: 短編