第249期 #5

強風

一所に留まることを許されず、かと言え定められた範囲から外れることも許されぬまま、絶えず宙空にて弄ばれ続けていたビニール袋は、突如吹いた強風により電柱に叩きつけられ、そのまま張り付いて動かなくなった。風による介錯であった。そしてその電柱の傍に佇む一人の老人。老人はただじっとビニール袋の亡骸を眺めているように見えたが、その実その両眼は、電柱を隔てた遥か向こうの虚空を凝視していた。そこへ、サイレンの音と共に一台のセダンが近付いてくる。セダンはそのまま老人の横に停車した。運転手のこだわりなのか、車は異様なまでに老人の至近距離に停止し、その際に右のドアミラーが枯れ木の節ような老人の肘に僅かに接触した。そして左のドアが開くと、一切の無駄のない所作で屈強な男が2名飛び出してきた(右のドアは老人が邪魔で開けられなかったと思われる)。男の片方が「取り締まり警察です!」と叫び、もう片方の男が「私もそうです!」と続いた。取り締まりは警察の職務の一環であり、取り締まり警察なる肩書きは本来不可解であったが、老人は意に介さず依然として何もない前方へ視線を向けており、その間にも強風は吹き続けていた。しかし、先ほどまで執拗に同一方向へと吹きつけていた風の向きがわずかに変わった、その刹那、絶命したかに思われていたビニール袋がにわかに息を吹き返し、かと思うと予備動作なしの弾丸のような速度で彼方へと吹き飛んでいった。老人の瞳の中で、瞳孔が拡大と縮小を繰り返した。この老人の反応とビニール袋との因果関係は不明であったが、警察官の一人は意を決したように、腰に装着されたホルスターへと手を伸ばした。そしてもう一人の警察官はというと周囲を見渡し、ガムテープでバッテンが作られた家々の窓の数をおもむろに数えはじめた。1、2、3、4。そこまで数えたところで、乾いた破裂音が住宅街に響く。硝煙のにおい。5、6、7、8。男は、これを全て正確に数えなければならない衝動に駆られていた。衝動に理由はなかったが、しかし理由がないことにこそ、進んで従わなければならない気がしていた。これは、県警がこの男を採用した最も大きな理由であった。大きな力への疑いなき服従。しかしそれは、男が従う力を県警が管理できる前提での話に過ぎなかった。ビニール袋はすでに、誰の視界に入ることも叶わない場所へと連れ去られていた。



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