第247期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 ゴブリンキーパー 蘇泉 785
2 モートン・フェルドマンに寄せて 蝸牛 491
3 飛文症 吟硝子 500
4 ペットショップ Dewdrop 923
5 朝飯抜太郎 1000
6 メマトイ 霧野楢人 1000
7 ルーシーは赤ソーセージの夢を見るか? euReka 1000
8 天使の剥製 志菩龍彦 1000

#1

ゴブリンキーパー

俺は地下鉄駅に務めている。駅員ではなく、GKだ。GKとは、ゴブリンキーパーのこと。ゴブリンを退治するのが仕事だ。
俺は帝○大学のG班卒業。一般入試がなく、指定校推薦のみの専攻だ。大学の中でも、G班の存在を知っている人は少ない。俺の指導教員はGKの第一人者、今は名誉教授だ。同期に院進学の人もいれば、就職する人もいる。俺は地下鉄駅に就職した。就職先は大体地下鉄関係だ。
それは、国が地下鉄開発を始めたとき、地下に住むゴブリンと衝突し、彼らの家を占領したわけだ。それで人類がゴブリンと交渉し、地下鉄沿線のゴブリンを引越しさせたわけだ。しかし地下鉄の新たな建設によって、ゴブリンとの交渉人がまた必要となり、俺らのG班の出番だ。
俺の仕事は、地下鉄駅に抗議しに来るゴブリンを退治することだ。
なんで抗議するの?それは、昔のお宅が開発でなくなったことで、賠償がほしい、という理由だ。しかし既にその分のお金をゴブリンに渡したのに、まだ定期的にやってくる。困ったものだ。
さて今日はまた来た。小さいゴブリンと大きいゴブリン2匹がやってきた。地下鉄の裏ドラからやってきた。嫌だな。彼らは人間と化けているので、俺しか見破れないのだ。
俺はオリジナルチキンを彼らに渡した。「ほら、KFCやるから、帰れ」
ゴブリンは言った。「毎回すみませんが、やっぱり賠償金をください」
俺は「KFCで満足せい、帰れ。あと、また来るなら午後に来い」と言った。
ゴブリンは帰った。
定時だ。退勤する。スマホが鳴った。昔の指導教員からのメッセージだ。
「O市のゴブリンは最近大人しすぎる。なんとかして。」
俺は返事した。
「任せてください。絶対騒がせるようにします。」
駅を出て、教授から返事のメッセージが来た。
「頼むよ。ゴブリンが騒がないと、GKの仕事が終わり、G班も終わるのだ。最近のゴブリンは向上心がなさ過ぎて、GK大本営は心配だ。」


#2

モートン・フェルドマンに寄せて

石畳の階段を裸足で踏み、螺旋状の階段を、上に、風が吹いてくる方向に、歩いてゆく。夜。森林は水の匂いを逆立てる。石畳はひび割れ、その裂け目から、嗄れた根の悲鳴が漏れる。階段は果てしない。私の足跡が私の足音を記符する。私の足跡、鳥の糞が混じった泥の青ざめた痕跡。五線譜に収まらないその音楽を聴く者はいない。鳥たちは眠っている。鳴き交わす声が始まるまでは夜だ。私は昇りきってしまわねばならない、この階段を。自分が羽根を持たない動物であることが呪わしい。持っているのは、私を生かし、私を歩かせる、傷ついた小さな二つの足裏だけだ。その傷ついたわずかな面積で、私の歩みのすべて支えなければならない。私は一歩ごとに足裏になる。闇の中で爪先が新しいひび割れを、新しい根を探り、それを避ける。足裏の傷が広がり、石の階段を映す鏡になる。私は昇りきることができないと知っている。毎夜の繰り返しだから。最初の鳥の声とともに私は目覚めるだろう。朝日を透かす橙色のカーテンを、そのカーテンに囲まれた病床を、右腕と繋がれた点滴の柔らかい袋を、私は見るだろう。だが階段は、階段を上る私の足裏の傷は、まだ続いている。


#3

飛文症

 朝、目が覚めたら視界に文字列が浮かんでいた。

片思い度82

 胸の上で喉を鳴らすネオの、ぴんと立った両耳の間に、ゲームのステータスみたいな文字列。なにこれ。
 んにぃ。
 一声鳴いたネオがすとんとベッドから降りると、数字はすいと消えてしまった。

「おはよう」
 母と目が合う。その母の頭上にも文字列が浮かぶ。

両思い度35

 通学路でも校内でも人や動物と目が合うと相手の頭上に文字列が浮かんで、視線が外れると消える。前々から距離が近いなと思っていた数学教師の頭上の文字列は「片思われ度」で数字は……うげ。

 放課後。部活も引退して接点もなくなったし、このまま卒業までやり過ごせればと思っていた彼に下駄箱前で声をかけられて顔を上げそうになった。うっかり目が合いそうになって慌てて胸元に視線を固定する。顔を見てしまったら。そうしたらきっと、頭の上に。それくらいならいっそ。

「あん時の先輩、可愛かったなあ」
 耳まで赤くして目も合わせてくれんで。
 文字列を突きつけられる前にと破れかぶれで告白したなんて言えない彼にはいまだにあの時のことをからかわれる。彼の膝で目を細めているネオの頭上に、文字列は今も見えている。

片思い度86


#4

ペットショップ

 ペットショップの店内。並んだケージの前で、若い夫婦と彼らの幼い娘が話している。
「パパこれかわいい! このわんわんがいい!」
 幼い娘が指さしたのは、一頭のトイプードルの子供であった。
「……どれどれ……おいおい」
 パパは値札を見てビビった。ママは、紛うかた無き四十九万八千円の数字を見て笑った。
「これは、パパがもっと頑張らないとだめね」
「やめてくれ〜」
 パパは苦笑いしながら、他のケージを見回した。
「みいたん、こっちのほうが可愛いぞ! どうかなこれ」
 パパは柴犬の子供を見つけて、きっと安いのではないかと考えて前まで行った。値札は案の定、先ほどの半額以下。
 そして客観的に見て、ちゃんと十分に可愛らしい。
「可愛いだろ〜? こっちのわんわんのほうがよくない?」
 幼い娘もトコトコとやってきて、柴犬の子供を見て言った。
「でも、ゆいちゃんちといっしょだよ」
「ん? いっしょでもいいよね?」
「え〜……みいたんあっちがいい」
 パパは、これは面倒くさいことになりそうだ、最悪泣かれる……と思いながら、説得にかかった。
「みいたんはゆいちゃんと仲良しでしょ? 二人でおんなじわんわんの話をするといいと思うよ」
 そしてママに助けを求めた。
「ママもそう思うよね?」
「そうね〜……」
 そうして柴犬のケージのあたりで、この若い夫婦と彼らの幼い娘は小ミーティングに突入した。
 と、当たり前と言えば当たり前だが、一角に別のお客が来た。そしてその頭の禿げ上がった年配の男性は店員を呼ぶと、あっという間にトイプードルを買ってしまった。
 パパは呆気に取られつつ、これはしめたと思ったが、果たして幼い娘はグズり始めた。
 パパとママは、特に下調べも計画も無くお店に行ったのを反省しつつ、その日は何も買わずに帰ることに決めた。

 帰路、車の中。ママが言った。
「さっきの人、トイプードル自分で飼うのかな〜」
 パパはハンドルを握りながら答えた。
「ん〜、どうなんだろう」
 ママは、「ペットは飼い主に似る」という言葉を思い出しながら言った。
「あのトイプードル、将来頭がつるつるになるね」
 パパは察して笑った。
「そうかもね」
 すると、幼い娘は驚いて言った。
「そうなの? じゃあみいたんいらない」

(了)


#5

 俺は早朝の仕込みを終えて、窓から家の外の道を眺めながら、一息ついていた。
 この時間、学生やサラリーマンが多い。その中の極大リーゼントを撫でつけた学ランの男に目を止めた。上背は180センチはあり、学ランはコートのように長い。
「化石みたいに気合の入った兄ちゃんだな」
 学ランの男は鋭く周囲を威圧している。
「不良にしちゃ早起きだが、堅気の皆さんを朝から怖がらせるんじゃねぇよ。野暮だねぇ」
 学ランの男の前に人だかりがあった。学ランの男は気にせずズンズンと進み、人は彼に弾かれて道を開けた。
「やれやれ、回り道はできねえかい。野暮だね」
 人だかりの中心には、品のいい服を着た婆さんが頭から血を流して倒れていた。
「おっと、こりゃあ事だね」
 その婆さんに中学生くらいの女の子が縋りついていた。
 学ランは女の子を怒鳴りつけた。
「こんな子を脅すなんて野暮だよ……と言いたいが、これは粋だね」
 女の子は目を覚まさせようと婆さんを揺さぶっていた。しかし、頭を打っている場合、決して動かさないのがセオリー。学ランはしゃがみ込み婆さんの意識を、次いで呼吸を確認していた。
 やるじゃねぇか。
 と思った瞬間、学ランは近くにいた男をぶん殴った。
「何だい藪から棒に、野暮天が」
 しかし、ふと気になって映像を巻き戻してズームすると、どうやら殴られた男のスマホが録画状態になっていた。
「ははん、野暮天は動画投稿者ってかい。俺でなきゃ見逃しちまうね……粋だよ」
 俺はドローンを飛ばして、窓を増やし、多角的に学ランを監視する。案の定、そこから学ランは髪のセットを始めたり、服を脱いだり着たり、靴を頭に乗せて口をとんがらせたあげく……などなど無茶苦茶やり始めたが、そのたびに俺は、
「野暮だよ!」「粋だね」「いや、そりゃ野暮……粋だ」「野暮!……か〜ら〜の〜」
 と目まぐるしく入れ替わる野暮と粋の判定に躍起になっていた。これまでにない野暮と粋のせめぎ合いに、俺は夢中になりすぎて、
「盗撮、盗聴の軽犯罪法違反容疑により逮捕する」
 肩に手を置かれるまで、部屋に人が入り込んでいたのに気付かなかった。
 見張られていた? ドローンで場所がばれた?
 刑事がどこかに電話をかけた。するとモニタの中で学ランの男が立ち上がり、こちらを見て手をふった。
 思わず笑みがこぼれた。
「なんと、いやはや、まいったね」
 こいつは粋なオチだよ。
 なあ、あんたもそう思うだろ。


#6

メマトイ

 痛みはなかった。はじめは、涙かそれに似た水滴が、目頭の近くで私の触覚を刺激したのだと思った。少し冷たいような気がする何かは、私が瞼を閉じるとゆっくり目尻へ移動し、そこで初めて液体ではないとわかった。異物感は隔日、忘れた頃に現れた。
「たしかに、最近瞬き多いよね」
 相談すると妻は指摘した。私はそのことを知らなかった。妻の大きな黒い目が私を覗く。虹彩が動いて瞳孔が開き、私という情報を摂取する。
「オデキもゴミもないし、綺麗だよ」
「何かついてない?」
「何が?」
「いや……」
 気のせいでしょ、と妻は言った。
「そういうのはさ、大概ほかの問題から来るんだよ」
「ほかの?」
「ほら、例えば嘘をつくと瞬きが多くなるとか、いうじゃない」
 私は気安く相談したことを後悔した。
「俺が何か隠してるってことかよ」
 語気が強くなってしまった私に、妻は何も返さず誤魔化すように笑った。
 異物感の出現が続くうちに、私は少しずつその形状を認識するようになった。まず足があった。私の湿った睫毛の間を懸命に掻き分け進む細い複数の足だ。数は分からないが、最終的に六本くらいのイメージだった。足の次は口の存在を認めた。口吻とでもいうべきか、足とは明確に違う動きの器官が、独自の意図をもって睫毛の間をペチャペチャと触った。触っているのではなく、舐めているのだとやがてわかった。私の涙に由来する水分や塩分の類を摂取しているらしかった。いつしか私の中で、異物感は小さなハエの像を結んでいた。丸く小さく黒光りしたハエだった。
 眼科はもちろん、精神科に行く勇気もなかった。ただ、日が経ってくると私はやはり一種の神経症かもしれないと思い始めた。私的な嘘や隠し事を拵えたときに必ずハエは現れ、私の目にまとわりついた。どうやら、このハエが摂取しているのは私の後ろめたさなのだった。仕事中にはどんな嘘をついてもハエは飛んでこなかった。全て会社のせいにするから、後ろめたくないのだ。結局のところ、私はこのハエと一生を共に過ごすのだろう。そう諦めてしまえば少し楽になれた。どうせ社会も人間関係も娯楽も仕事も人生も嘘や隠し事が複雑に絡み合ってできているまやかしだった。実態がないのはこのハエと同じだ。
 家に帰ると出迎えた妻は絶え間なく瞬きをしている。そういえば出会った頃から瞬きが多かった。妻の大きな目のまわりに、小さな黒いハエが何匹も愛おしげにまとわりついている。


#7

ルーシーは赤ソーセージの夢を見るか?

 ぐにぐにと赤ソーセージを穴に突っ込む作業をしていたら、キンコンと鐘が鳴った。
 僕は指を穴からぬいて息をつき、足元のリュックから弁当箱を取り出す。
「愛するあなたへ」
 弁当包みに挟まれた手紙の冒頭は、いつもその言葉で始まる。
「今日のお弁当も赤ソーセージだけど、ブロッコリーと卵が手に入ったから、とてもよい色どりになりました。昨夜はあなたとけんかして嫌な気分になったわ。でも朝になったら、やっぱりあなたのことが好きだと気づきました」
 僕はその手紙を無表情で読んだあと、弁当箱を開いて、冷えた弁当をガツガツと食べる。
 その手紙はルーシーが書いたものだが、ルーシーというのは空想上の女性なので、僕がいつも代筆している。
 もちろん弁当も、空想上のルーシーが作ったものを毎朝私が再現しているものだ。
「こんなこと言いたくはないけど」
 同僚のニコラス二世は、僕の肩に手を置きながらそう話し掛ける。
「それって全部自分でやってるだけだよね」
 ニコラス二世は、職場で唯一仲良くなった奴だが、昼休みの僕の行動が理解できないようだ。
「まあ、お前がそれでいいなら別にいいんだけどさ。毎日赤ソーセージを穴に突っ込む仕事をしているせいで頭が変になったんじゃないかって」

 僕は空想上のルーシーと結婚して、何となく幸せな気分のまま赤ソーセージを穴に突っ込む仕事を続けていた。
「ニコラス二世は今度結婚するんだってね」
 ルーシーは、空想上のベッドの中で僕にそう話し掛ける。 
「あたしがあなたと一緒に結婚式に現れたら、彼、きっとびっくりするわ」
 ははは、そうだね。
「そしたら、あなたがただの変人じゃないって、彼に証明できるのにな」

 ニコラス二世の結婚式に招待された僕は、花嫁衣裳の新婦の顔を見て腰を抜かした。
 彼の横に立っているのは、間違いなく僕のルーシーだったからだ。
「え、ルーシーってお前の空想上のあれだったの? ただ似てるだけとかそういう……」
 僕は頭が混乱したままよろよろと起き上がり、ニコラス二世をとりあえず一発ぶん殴ったあと、ルーシーの細い腕を掴んで式場から飛び出した。

 僕とルーシーは、見知らぬ土地で何とか住み家と仕事を探し、半年後には子どもが産まれることになった。
「この子はたぶん、ニコラス二世の子どもだと思うの」
 僕は赤ソーセージをナイフで百等分する作業をしながら、ニコラス三世にいつか自分が殴られる日のことを空想していた。


#8

天使の剥製

 蒸し暑い七月の夕暮れ。微かにそよぐ涼風を求めて、私はブラブラと川縁を散歩していた。
 ふと、耳を澄ますと、何処からかお囃子が聞こえてくる。
 音のする方へ歩を進めると、果たして紅白幕や提灯で彩られた神社が姿を現した。屋台が軒を連ねており、どうやら縁日の日であるらしかった。
 戯れに境内の中を彷徨いていると、とある見世物小屋が目に入った。
 賑わいを避けるように建てられた天幕。幟には荒々しい筆致で『本邦初公開! 摩訶不思議! 是ゾ天使ノ剥製也』とある。
 河童や人魚の木乃伊なら知っているが、天使の剥製とは聞いたことがない。
 なあに、どうせ偽物だ。どれ、ひとつ冷やかしてやろう――そんな心持ちで、天幕へと入った。
 妙に閉塞感を覚える薄暗い空間の中央に、ソレは展示されていた。
 青白い皮膚をした何者かが、赤い絨毯の上に寝そべっていた。縮れた金髪の下、整った顔立ちは少年にも少女にも見える。眉間に深く刻まれた皺、固く閉じられた瞼は、正しく苦悶の形相で、何か真に迫るものがあった。背中から飛び出した羽根も斑に汚れており、どこか悲壮感すら漂わせている。
「如何ですかな?」
 唐突な声に驚き振り返ると、道化姿の一寸法師が立っていた。彼がこの見世物小屋の座長なのだという。
「見事なものですね。まるで本物の天使だ」
「まるで本物? では、これが偽物だと仰る?」
 心外とばかりに、座長は首を振る。私は苦笑して、
「河童や人魚より出来は良いですがね。どうせなら、天狗にするべきでした。天使じゃちょっと日本人には馴染みが薄い」
「仕方ありませんや。くたばってたのが天使だったもんで」
 座長は肩を竦めると、ニヤニヤと笑いながら天使を見下ろし、
「青森の戸来村の近くで知人が見つけましてね」
 戸来村と言えば、先年、キリストの墓が発見されたと話題になっていた村である。『竹内文書』で有名な竹内巨麿によって紹介され、山根キクも著作の『光は東方より』で触れている。
 だが、どれも荒唐無稽な話だ。キリストの墓は偽物だろうし、この天使だって作りものに過ぎないはずである。
「そもそも、天使が人間と同じように死にますか?」
「さあて、あっしには難しいことは解りやせん。ただまあ、飢饉だ、不況だ、徳がねえ世の中だ。天使様だって絶望しまさあ」
 そう言って、座長はゲラゲラと笑った。
 気分が悪くなり、私は天幕を後にした。
 言い知れぬ不安から、逃げ出すようにして。


編集: 短編