# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 上海ホテル その2 | 蘇泉 | 512 |
2 | 出会い方 | わがまま娘 | 1000 |
3 | 餓鬼 | 霧野楢人 | 1000 |
4 | 暁 | 竹野呉蒙 | 583 |
5 | 筑前煮でもつくるか | 朝飯抜太郎 | 1000 |
6 | 月から地球をみる | euReka | 1000 |
7 | 視線 | アドバイス | 968 |
8 | 自撮り | 吟硝子 | 500 |
9 | 幹と枝 | テックスロー | 996 |
上海ホテル観光短期大学に通っていて、インターンシップで上海のあるホテルに長期勤務している。最初は仕事に慣れなくて大変だったが、なんとか頑張って、徐々にうまく行っている。ホテル業界を学ぶために、各部署を回って仕事をする。できれば全ての業務を体験したいと思う。
今週はクレーム対応の仕事をやっている。古いホテルだけど、最先端のデータ分析システムを導入し、お客様の満足度を統計しているそうだ。学校でデータサイエンスの勉強をしていたので、いきなりデータ分析の仕事を任された。
何日もやっていて、大体把握してきた。古いホテルが故に、設備のトラブルが多いようだ。手入れが行き届かないところもあるだろうと思い、とりあえずデータ分析の結果をまとめて上司に出している。
今月は3階のクレームがとても多くて、特に303号室のクレームがダントツ的に多い。設備点検を依頼した。しかし点検が終わって、半月経つと、また同じく303号室のクレームが多い。老朽化が酷いかと、上司にまた報告した。
しかし上司から一言が帰ってきて、「303号室はほっといて」
「なぜですか?」と私は聞いた。
上司はこう言った、「303号室は昔、殺人事件の現場だから、妙な故障が多いわけよ」
ピッと音がして、そのまま改札を抜けようとしたら何かにぶつかった。
「は?」
顔を上げると男の人だった。
そんなことある? 同じ改札にどっちからも入ってきちゃうなんてなくない? 前見てたのかよ?
チラッと男性のほうを見ると、同じようにこちらを見ていて、不服そうだった。
こっちだって不服よ!!
公園のベンチで同僚とお弁当を食べながら、今朝の出来事を話した。
「そんなことあんの〜」と面白そうに笑う同僚に、全く迷惑な話だよ、と返しながら唐揚げを口に運ぶ。お陰で今日は遅刻寸前でしたよ。
女性と歩くスーツ姿の男性が視界に入り、なんかあんな感じの色のスーツだったなぁと思う。
「でもさぁ」と同僚が言う。
降りた駅で乗ってきたということは、この辺に住んでいるとか会社があるかもしれないってことじゃない?
「じゃぁ、意外とあの人かもしれないね」なんて、女性とスーツ姿の男性の背中をふたりで見た。
「ちゃんと会社の車で……」
「今日さ、気になっていた女性にぶつかってみたんだよね」
話聞けよ!! って顔をしている秘書に今朝の出来事を話す。
「はぁ……」
またそんなことをして、と呆れ顔なのは見なくてもわかる。
「この辺の会社に勤めているんだって思うんだけど、どこかなぁ? わかる?」
「知りません」
ピシッと言われて、ボクは苦笑いを浮かべた。
「あっ」視界に入ったふたりの女性を見て、思わず声が出た。彼女だ。
「何見ているんですか?」ボクの視線の先を秘書は辿る。
「彼女達ですか?」
「そう」
嬉しそうに笑うボクに、面倒くさそうな顔を秘書は浮かべていた。
ボクは毎日彼女たちのいる公園に通った。
秘書が必死にスケジュールを調整してくれているお陰だ。
ある日、彼女がひとりでお弁当を食べていたので声をかけることにした。
「隣、良いですか?」
他にも空いているベンチがあるのに、なんで声をかけてきたんだ? という顔でボクの方を見る。
だって、キミと一度喋ってみたかったんだ。
一度しかぶつかってないけど、覚えていてくれているのかな? とかいろいろ思っていたんだけど、黙々とコンビニ弁当を食べただけで時間が過ぎて行った。
思い切って聞いてみることにした。
「明日も一緒にご飯食べても良いですか?」
完全に怪しい奴だと思われたみたいで、彼女は足早に去って行った。
それを遠くで見ていた秘書からメールが届いた。
バカですね
そう書かれていた。ごもっともです。
どうやって近づいたら良かったのかな……。
午後十一時。凍てつく湯気を裂いて走り出す。たちまち顔が強張った。全天の夜空が身体を押し潰そうとする。淡々と脚を動かす。血が巡り、痺れに似た痛みが一過性の波となって体を通過する。不純物のない夜気が肺を洗っていく。
道は高台を行く。遠くに木々が黒々と鎮座し、まるで静止している。梢に猛禽の影が二つ。緩い谷を越える橋の途中、段丘の下方に広がった街あかりが見える。地方都市は夜に沈んでいる。
夜闇を駆けるとき、彼には父も母も兄弟もいない。彼の虚構の孤独を夜は無視した。金属音めいた反響だけが彼の耳の奥に届いた。
すぐに緩い切り通しが景観を遮り、法面に侵入した背の高い枯草が袖を掠める。電波塔を過ぎると人家が現れる。最初の交差点を曲がって下り坂が始まり、あの街あかりへと降りていく。
地面から脚に伝わる律動的な衝撃。滑らかな氷が断続的に蔓延っている。油断した一瞬、アイスバーンの反発を捉え損ねて派手に転倒した。が、受け身を取った彼はそのまま走り続ける。左手の痺れが軽い出血を示唆している。
きっかけはあったが、既に意味をなしていなかった。理由は失われている。見慣れた校舎がそびえ立つ広い敷地の正門で一度足を止める。睨んでも、唾を吐いてもコンクリート壁は反応しない。こうして毎日高校には「通っている」。それを知る者はいない。
街の中を抜け、今度は湖のほとりに敷かれた長い坂道を一気に駆け上がる。凍結した湖面は雪を被って仄白い。湖底に沈んだ死体は浮いてこないらしい。
登り切る頃には心臓が止まりそうになる。膝に手をついて荒い息を整える。確かなものが欲しかった。自分自身の不確かさで今にも心身がちぎれそうだった。明確な苦痛は厳冬の夜と等しく彼を安堵させた。勝手に流れる涙を拭う拍子に触れた前髪は凍っていた。
街路樹を数えながら脚を動かす。閑散とした住宅地を街灯が疎らに照らす。ナナカマドの赤い実の房が、枝先でいくつも萎びている。
昔好きだった和菓子屋の前を通る。シャッターは閉まっていた。いつ食べたかも覚えていない素甘の味が口の中に滲んだ。本当は血の味だった。この頃はいつも、彼は無意識に歯を強く食いしばっている。
巨大な冷気が沈澱していた。雲はなく、放射冷却が加速する。家が近づき、徐々に走る速度を落としていく。彼は単なる子供だった。父も母も兄弟もいた。ただ、どうしようもなく不安だった。確かなものが欲しかった。
学校が終わって、部活は休みで、塾の自習室に行く気にもなれなくて、家の近くの小さな橋で、川に写った夕焼けを眺めていたら、向こうの坂を、薫くんが下ってくるのが見えて、大きく手を振った。
ひょろっと背が高くて、痩せていて、垂れた目もとが優しげで、美大を受けると言って、大きなスケッチブックを抱えている。今日は絵の具の一式も持っていて、橋まで来ると、「ひとつ、描いてみたんだよ」と、スケッチブックを広げてくれた。
水彩絵の具の透きとおった、秋空の、わたしの街。
「きれいだね」
と言うと、
「そうかな」
とはにかんで、わたしの横で、川面を見つめる。宵闇がだんだん深くなってきて、西の空の茜色も、煮つめたように濃くなってくる。
わたしは小さく息を吸って、
「ねえ、薫くん」
「ん、」
とわたしに顔を向けたみたい。
「なんで、薫くんは、絵を描くの?」
薫くんは、嬉しそうに、だけどほんの少し、寂しそうに微笑んで、
「だってねえ、」
丁寧に、唇を動かして、
「絵でもなけりゃあ、みんな、急いでしまう、からねえ」
「――急、ぐ」
「そう。――のぞみちゃん、」
わたしの名前を、呼んで、
「急いじゃあ、いけない。急いじゃあ、いけないんだよ――」
落ちてゆく、秋の、夕日に照らされて。言葉もまるで、しゃぼん玉のようで。
とりあえず、今は――。
今は、このまま、こうしていよう、
と、思った。
言葉はいつも不十分で、ぐるぐると同じところを回っては、行ったり来たりを繰り返し、それを何度も追いかけたり吐き捨てたり、いい加減うんざりするが、まあしょうがない。
いつものように朝6時に目覚め、目玉焼きとハムを焼いて、味噌汁を温めながらテレビをつける。番組から土曜日だと気付いた。カレンダーを見て、午後は短歌教室だったことを思い出す。
しまった。宿題ができてない。
しばし、考えていると携帯電話が振動する。電話かと思うとすぐに止んだ。これはあれだ。LINEだ。
息子に半ば無理やり機種変更されたが、慣れてしまえば確かに便利なものだ。孫の写真もキレイに見える。
その息子からだ。
「今日そっち行くのでよろしく」
まず予定を聞け。
いつの間に 帰る家から 行く家へ 子が去ったのを メールでまた知る
「グゥ〜レイトゥ!」
両手親指を立てるアロハの講師。年齢は自分より少し上か下だろう。要するに年齢不詳の爺だ。教えてもらって何だが、こいつは短歌のことなんかろくに知らないんじゃないかと思っている。
「湯川さん、いいですねェ。時の流れと共にふと感じる寂しさ……はい、皆さん拍手!」
それでも褒められると嬉しいものだ。最初は気恥ずかしかったが、案外メンバーも深く考えていないと知り、開き直って素直に褒められて気持ち良くなっている。
誰似かと 問いには我と 応えるが 眉だけ妻の 断ち切りバサミ
「あたしはやるべきことより、やりたいことをやって生きる」
同じことだ、というようなことを言った気がするが曖昧だ。だが、そのときの娘の眉はよく覚えている。きりっと真っすぐで、それはよく見ていたから。
娘は自分で奨学金をとり、ほとんど金を持たずに家を出て、すぐに一人暮らしが怖くて帰ってきて、次の年に彼氏ができてまた一人暮らしを始めた。それからは、ほぼ音信不通だ。
レンコンと 鶏モモ肉と 里芋を 醤油と酒と みりんで煮込む
「お! 出たぞ!」
「ミツキちゃん!」
知らない寺の庭だ。緑と赤と黄色の葉が混じり合い、苔むした大きな岩と一緒に、鏡のような池に映っている。それぞれは自然、だが調和というのか心地良さが逆に作為を感じる。
映像をバックに娘が庭づくりについてインタビューされている。それをコタツにみかんで見ている。非現実的だ。だが、
「俺もやるか」
「何を?」
息子の問いを無視して、自分が何を言ったのか考える。
彼女は、ロシアでユーチューバーをやっている日本人だ。
私は密命により、彼女をロシアから連れ出す任務が与えられたので、とりあえず彼女の動画をチェックすることにした。
「モスクワはもう夏。街を歩く人々はみな薄着で、短い夏を楽しんでいます」
彼女はロシアでバレリーナをやっていて、仕事の傍らでユーチューブの配信をしている。
「今年の夏の予定は?」
彼女がそうインタビューすると、金髪の青年は笑顔で答える。
「いま戦争だから、どうなるか分からないけど、仲のいい友達と一緒にウラル山脈で自然を楽しむつもり」
彼女はスパシーバと言って、次のインタビュー相手を探す……。
さて、私は彼女をどうやってロシアから連れ出そうかといろいろ考えた。
無理やり拉致する方法もあるが、できれば彼女の同意を取った上で連れ出したかった。
「モスクワは、たぶん近いうちに火の海になります。私は、ある命令を受けてあなたを助けにきました」と私。
「あたしにとっては、本場のロシアでバレリーナを続けることが、自分にとって一番の居場所なのです。簡単に逃げることはできません」
「だけどモスクワが攻撃されて、あなたが死んでしまったら、もうどうにもならないじゃないですか?」
「でも、モスクワが核攻撃されるということは、同時に、世界中が核攻撃されるわけだから、どこへ逃げても同じですよね……。だったらあたしは、ここに残って、世界の終わりを見届けたいと思います」
彼女は頑なで、とても同意は得られそうになかったので、私は仕方なく、彼女を無理やり拉致して乗り物に乗せた。
「あなたにもいろいろと事情があるのでしょうから、あなたのことを悪く思うつもりはありません」
彼女は、体を縄で拘束された状態で静かにそう言った。
「誰だっていろいろな事情を抱えていて、いつも、何かに縛られているのですから」
私たちが到着した場所は、空が真っ暗で、丸い地球が見えていて、地上には何もないところだった。
そこは、たぶん月だと思うが、私のような末端の人間には全く説明がない。
「ほら、地球のいろんなところで、ポンポン何かが光ってる」
私は、彼女の縄を解いて無礼を詫びた。
「日本の家族や、モスクワの友達はきっと死んじゃったのに、あたしだけ……」
しばらくすると、上空に巨大な宇宙船が現れて、声が聞こえてきた。
「ワタシ、アナタニ昔、助ケラレタ宇宙人。ダカラ、アナタ、ドウシテモ助ケタカタ……」
人々から放たれた無数の視線はこちらに向かい、そしてそのどれもが私に触れることなくギリギリをかすめ通り過ぎていく。これは例えば対象となる私が位置の移動をおこなったところで同じことで、視線たちもそれに伴いまるで法則が働いているかのように有機的に追随し、私は常に、視線たちから付かず離れずの距離を保たれながら生きている。そしてこの事象は対人間においてのみならず、街や自然に生きる動物たち、命ある遍く全ての者たちが尽く私に対し焦点の合わない視線を寄越しており、このことから、森羅万象の中で私の存在を「半認識」として扱うことが理として共有されていることが理解できる。誰からも直視されることなく、且つ無視されることもない。あくまで視界の端のみで捉え認識される存在。それが私である。しかし唯一、私が毎日見るともなしに見ているミヤネ屋の司会者だけは、画面越しに必ず真っ黒な瞳をまっすぐこちらに向け話しかけてくる。テレビとは元来そういうもの、とも言えるかもしれないが、しかし私は生まれてこの方ミヤネ屋以外のテレビ番組を見たことがないため、他の対象と比較することができない。ミヤネ屋の出演者達は基本的に司会者に話しかけ、そして司会者はこちらに話しかけてくる。このことのみが私の中での真実である。ミヤネ屋の司会者は何を思い私を見つめるのか。彼も世間から半認識されているのか。きっとそうなのだろう。私たちは誰かの視界の中心に立つことはできない。しかし、私たちは一人ではない。ミヤネ屋の司会者はそれを私に伝えようとしている。あの、理性を持たない動物のような瞳。あの瞳の奥には、孤独や悲哀などでは表せない、私たちのみが共有し得る感情があるはずなのである。しかし同時にふと、ミヤネ屋の司会者はそもそもどこも見てなどいないのではないかとの疑いに駆られる時がある。人間の瞳はあそこまで黒くなれるのか。果たして私たちは見つめ合えているのか。今日も司会者はこちらに向けてアマタツーと叫んでいるが、あれは何を意味する言葉なのか。私は確かにミヤネ屋を見ている。ミヤネとは。番組内にそのような人や物はどこにも見当たらない。ただ、司会者の目は黒い。目ばかりではない。全てが黒い。いや黒くてもいい。こちらを見ていてくれ。こっちが覗いているのだから深淵もこっちを覗いていろ。目を離すな。
スマホに見覚えのない写真があった。
正面を向いた真顔の自分。なんだこれ、と一瞬悩みかけて思い出した。何日か前に実家の親からの電話で、たまには顔を見せろと説教されて、そんなら顔を見せてやろうじゃないかと普段は撮らない自撮りを何枚か撮ったんだった。送信して速攻で削除したつもりで消し忘れていたんだろう。選択して、消去。
それで終わりのはずだった。
数日後、また自撮りを見つけた。こんどはすこし顔を傾けて、横目でカメラを見ている。自撮り、だろうか。昨日同期と飲みに行って、最後の方はやや記憶が曖昧だ。写真を撮り合うような仲ではないが、背景は一緒に行った店の内装っぽくも見える。何かのはずみで撮ったか撮らせたかしたの、だろう。削除。
五枚目くらいから、数えるのをやめた。
いつ、だれが撮ったのか考えるのもやめた。ほとんど反射的に選択して、削除する。写真の中の表情がすこしずつやわらいでいっているのを、見ないふりで。
笑顔の写真があった。
選択して、削除……できなかった。カメラの向こうの相手に微笑む自分。お前はだれだ。だれに微笑んでいる。
「ああ、ここにいた」
知らない声に、振り返ったところにシャッター音。
紹介された娘の彼氏というのがどうも頼りなく、本人もそれを自覚しているのか甲高い声のトーンを意識的に落として何やら話し出す。前情報では「何でも言うことを聞いてくれる」彼氏だというが、なるほど、気の強い娘が好みそうなのもうなずけた。長身に柔らかな物腰、留学経験もありテーブルマナーも備えており、ぎこちなさはないが、その所作ひとつひとつ、選ぶ言葉のひとつひとつがいちいち許可を仰ぐような雰囲気を持っており、それが娘には優しさに映るのだろうが、親としてはどうしても厳しめに見てしまう。
娘を甘やかせたことで困ったことは一度もないし、それで困らないだけの財力はある。その気になれば贅沢はいくらでもさせてきた。金持ちの見分け方、分けても本物の金持ちとメッキの違いは十分に叩き込んできた。もちろん言葉で諭すような無粋な真似はしない。備わった感覚に従わせ、それを成長させるような環境に置いてきた。
本物の金持ちは組織である。家格とはその組織の方向性を決定づけるものだ。方向性とは倫理と読み替えてもいいだろう。金持ち同士の結婚はこの倫理のぶつかり合いの処理が最も難しい。ではどうするか。うちは金持ちだが、大金持ちではない。娘は本当によく育ち、正解を選んできた。適当な、善良な男を選んで染めてしまえばよいのだ。
「……です」
はたから見れば慎み深い母親に見えているのだろうか。彼氏の話を傾聴するふりをして全く別のことを考えるこの姿が。
「すごいでしょ、お母さん」
「ええ、そうね、素晴らしいわね」
と娘に答えたものの彼の話は全く聞いていない。何が素晴らしいかと言えばこうして女系家族にまた一人忠実な番犬が入ってくること以上のことがあろうか。時計を見る。少し早いが次の予定先に向かおう。意識的に口角を上げて
「ごめんなさいね、私はこれで失礼するわね。朱里、素敵な彼氏じゃないの。また今度詳しく聞かせてね」
目を丸くする二人を後にドアのほうに歩く。
「……気に入ってもらえたのかな」
「そうに決まってるじゃない、じゃなきゃ『素晴らしいわね』なんて言わないわよ」
「施設の説明しているときも、俺のことじっと見てるもんだから、さすがに緊張したよ」
「こんなに緊張するの婚約の報告以来ね……ほら、早く玄関いかないと、お母さんまたどこか出て行っちゃうよ」
「お義母さん! 待ってください! 急がなくったって施設は逃げて行きゃしませんからね」