第243期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 立教大学 蘇泉 279
2 大切な仕事 たなかなつみ 1000
3 グロリアスハイジェットでいこうぜ 霧野楢人 1000
4 住宅地にある喫茶店 テックスロー 999
5 いなり寿司パン euReka 1000
6 明日、地球人になります 吟硝子 500
7 部屋 Y.田中 崖 1000
8 マイナンバーの功罪 朝飯抜太郎 1000

#1

立教大学

好きな作家がいるのです。
周作人という昔の中国の作家です。
1885年生まれ、1906年日本に渡り、立教大学で英文学と古典ギリシャ語を学び、1911年帰国。後に文学家、翻訳家になります。『古事記』『狂言十番』『浮世風呂』『枕草子』を翻訳。

立教大学、憧れでした。
やっと日本に行けました。立教大学に向かいます。
綺麗でした! 赤レンガの校舎、美しいです。
ここで周作人が勉強していたのですね。
時空をかけて作家と交流した感じ。
大満足です。

昨日、何気なく立教大学のWikipediaを見たら、
「1918年(大正7年)には校地を池袋に移し、池袋キャンパスを開設する。」
でした。


#2

大切な仕事

 仕事からの帰宅途中、道路に穴を掘っている人と遭遇した。道路工事士のようだが、暗闇のなかでヘッドライトを灯し、重機も使わずにたったひとりで深く穴を掘っては塞ぎ、さらに深く掘っては塞ぎしている姿がなんとも奇妙に思え、声をかけた。
 道路工事はいつまでかと問うと、わからないと返答される。水道工事か、それとも電気工事かと問うと、わからないと返答される。
 では、あなたは何をしているのかと問うと、驚くべきことに。
 「道路に穴を掘っています」
 という返事がかえってきた。
 「穴を」
 「はい」
 「なぜ」
 「わかりません」
 工事士はそう答えると、訝しげに私を見た。
 「あなたは市の監督の方ですか」
 「いいえ、違います」
 「ではなぜ私に声をかけたのですか」
 言葉のとおり、何をしているか聞きたかっただけだと返答すると、工事士は少し息を緩める様子を見せた。
 「市から発注された仕事は、道路に穴を掘ることです。充分に掘ったらその穴を塞ぎ、さらに深い穴を新たに掘るようにと指示されています」
 「何のために」
 「わかりません」
 「わからないのに掘るのですか」
 「それが私の仕事なので。市からの依頼をそのとおりに行うこと。私が請け負っている仕事はそれだけです」
 工事士はそう回答すると、手のなかの道具を持ち直し、新たに穴を掘り始めた。
 すでに質問できる時間は過ぎてしまったように思えた。私は帽子をかぶり直し、工事士に背を向け、帰路を急いだ。
 少し歩いたが、やはり気になり振り返った。暗闇のなか、工事士がヘルメットにつけているライトが明るく照り映え、かれの姿が浮かび上がり、まるで人智を超えた神聖な仕事を行っているように見えた。そして確かに、かれがいま行っている仕事は、人智を超える何ものかであった。かれは何をも生み出すことなく、けれども、かれにとって何よりも重要な仕事をただひたすらに続けているのだ。
 夜が明け、翌朝、仕事に向かう途中、かれの工事していた道を通った。かれの姿はもう見えず、工事の看板もなく、道路はいつにもましてでこぼこしていた。
 かれのするべき仕事はもう終わったのだろうか。
 私はかれが掘り固めた道を歩き、職場へと向かった。職場では私に任された仕事が待っている。ファイリングされた莫大な古い書類を新しいノートにひたすら書き写すだけのその仕事は、市から依頼された最優先の、大きなお金が動く非常に重大な仕事である。


#3

グロリアスハイジェットでいこうぜ

 五人の飲み仲間がいる。スマホを割ったペニー、美人局に集られたインゲン、免許取消のアクマ、保釈中のブタ、そして末期癌のオタケ。知り合った経緯は酒に潰れて誰も覚えていない。
 車は郊外を行く。BGMはandymori。いつものように、知性の低い雑談に花を咲かせながら。
 トンネルを抜けると紅葉の最盛期。車内を移ろうステンドグラスのような光が、インゲンには走馬灯にも見えて、
「おいペニー、写メ撮ってくれよ」
「だからぁ携帯ねえっての」
 ペニーに背もたれを蹴られてやっと景色を嚥下し、インゲンはエンジンの回転数を上げた。
「写メって死語?」
「死語だろ」
 運転を免れたブタとアクマは呑気なことを言う。
「ブタはこんなことしてる場合か?」
 ペニーは心配している。
「なぁに、弁護士がついてる」
 痴漢冤罪のブタは胸を張る。「人生は待ってくれないんだ」
「そうだよ、そうだ」
 誰もが同意した。
 (これからやってくる冬のことを口にする者はいない。しかしそれは恐れているのではない。)
 無人温泉があるらしく林道に立ち寄る。道の先には掘り込みの湯船に溢れるぬるま湯。外気温と相まって、勇み入った彼らは猿みたいな格好で冗談みたいにぶるぶる震える。戻れば落ち葉が車を彩っていた。車内は暖房をつけても全然温まらない。
「このポンコツ名前負けなんだよ」
「俺たちが勝手に呼んだだけだろ」
 ペニーのぼやきに突っ込むアクマ。名付け親はオタケだった。
「オタケのやつ、言い出したことは絶対曲げないから」
 車は目的地に近づく。造形の良い山だった。山岳会に入っていたオタケが、お気に入りだといつも話していた山。
「あいつ、山では絶対に死なないって豪語してたもんな」
 何気ないようにブタが言う。急に現実が襲ってきて、アクマは人知れず胃を痛めた。呆れるほど速度超過して警察に捕まり、「その時」に間に合わなかったことを今も後悔している。
 それでも、もう嘆いてはいられない。俺たちは精一杯生きているのだから。
 車内灯の隙間に引っ掛けられた写真の中でオタケが大笑いしている。
 一緒に誓ったのだ。死ぬまで今を生きよう。それが俺たちの栄光だ。
 着いたのは昼下がりだった。
「登山口までなのはしょっぱいな」とペニー。
「お前らは登るなって散々言われたろ」とブタ。
「オタケなら、死んでも俺たちを止める」とアクマ。
「さぁ行こうか」
 ドアを開けてインゲンが言う。「オタケを忘れるなよ」


#4

住宅地にある喫茶店

 私は煙草の臭いがする喫茶店にいました。舌に膜を張るように刺激するブラックコーヒーは私の手を冷たくするだけでちっとも私に落ち着きを与えてくれません。私はずっと入り口のほうを見ながら、秒単位で冷めていくコーヒーをゆっくり飲みます。道路を挟んで向かいには町工場があって、今日は日曜なのでお休みです。喫茶店の入り口は開放的なガラス窓で、彩光には優れています。外は晴れで、南からは日が差し込んでちょうど私の机にブラインド越しに光をよこします。
「まぶしいですか」
 と聞かれたので少し、というと店員はブラインドを動かしました。私のほかには家族が朝食を食べていて、点けっぱなしになっているテレビアニメを見ながらああでもないこうでもないと話をします。黒く陽に焼けた坊主頭のお父さんから「転生」という言葉が出て、今はやりの転生ものの小説を原作にしたアニメのことを話しているのかもしれないと思いました。私の後ろに座っているスウェット姿の男性は会計に向かい、店主と家族に向かって彼のアニメに関する考えを話しました。自分の好きなアニメやキャラクターの説明をしつつ、家族の娘の好きなアニメについてのイベントがあるということも明かしました。
「集まろうよ」
と常連らしきその男は、家族と、店主に向かってそのイベントに誘いかけました。店主は
「うちは夜貸せるよ」と言い、とても和やかな空気が流れました。しかし特にそれから話が盛り上がることはなく、私が聞き耳を立てる限りでは連絡先を交換しないまま、男は喫茶店を去り、しばらくして家族もいなくなりました。そこから私が去るまで一人の老婆が来て、コーヒーを飲み、去りましたが、彼女は文旦を風呂に入れてもいいものかといった話を店主としていました。
 私は冷めたコーヒーをようやく飲み終ると、伝票をつかみました。店主は私の顔を見ると「ありがとうございました。いってらっしゃい」と言いました。私はもう帰ろうと思っていたので、その言葉に少し驚きました。確かに私は外出着を着ていたのですが……。
店を出ると晴れていた空はすっかり曇っています。頭はまだコーヒーが膜を張ったようにはっきりしません。時計を見ると午前十時でした。私はたぶん、コーヒーを飲んで、それをしたためるだけの一日を過ごした人になる、そういう予感がしていました。だからその日はいろいろしたのですが、結局はコーヒーを飲んだだけの人になりました。


#5

いなり寿司パン

 美術部に誘ってくれたのは、何となく耳が尖っていて、いつも頭にくせ毛の立っている奴だった。
「君、何読んでるの?」
 学校の近くにある本屋で漫画を立ち読みしていると、耳の尖ったそいつが覗き込んできた。
「ああ、ブラック・ジャックか。僕、全巻持ってるから貸してあげるよ」
 いきなり話し掛けられた私は何と答えていいか分からず、あたふたしながらその場を立ち去ってしまった。

 次の日、学校の昼休みに弁当を食べていると、昨日本屋で会ったそいつが教室にやってきて、大きなバッグを私の机の上に勢いよく置いた。
「昨日約束した、ブラック・ジャックの全二十五巻だ」
 机の上に置かれた弁当は、大きなバッグの勢いで床に飛び散ってしまった。
「あ、ごめん。焼きそばパン食べる?」

 私は三日かけて全巻を読み、昼休みにそいつのいる教室に行って、二十五冊の漫画が入った大きなバッグをそいつの机の上に叩きつけた。
「あーあ、僕の弁当、床に飛び散っちゃって」
 焼きそばパンは人気が凄くて手に入らなかったけど、いなり寿司パンなら人気がないし、さっき売店で買ってきたばかりだけど、食べる?
「君のその仕返しの精神や、投げやりなセンスが面白い。それに、いなり寿司パンって何?  パンにいなり寿司を挟むの?」
 私も食べたことなんてない。
「とりあえず君は美術部に入るべきだし、君の入部手続きもすでに済ませてあるから」
 私は放課後、強引に美術部の部室へ連行された。
「あれ、本当に連れて来ちゃったの?」
 部室には数人ほどの生徒がいて、みんな私に無関心だったが、一番太った人が絵筆を置いて話し掛けてきた。
「まあ部活と言っても、みんな自由にやってるだけだし、来たいときに来ればいいから」

 そんないい加減な部活があるのかと思ったが、放課後に毎日通いながら、私は〈いなり寿司パン〉をモチーフにした油絵を描いてみた。
「ふーん君、絵が上手いんだね。高校の美術展に出してみたら?」
 こんな馬鹿げた絵を出しても恥をかくだけだと思ったが、そいつの言う通り出品してみると、なぜか県の最優秀作品に選ばれてしまった。
「ほらやっぱり、君には才能があるんだよ」
 耳が尖ってくせ毛の立っているそいつは、誇らし気にそう言った。
 私はふと、前から気になっていた疑問をそいつにぶつけてみた。
「まあ僕は宇宙人で、美術部なのに絵は下手糞。でも君は、僕のお気に入りなんだよね。それだけじゃダメなのかい?」


#6

明日、地球人になります

「では次は地球担当」
 視線が集まる。
「やっぱり辞めちゃうんだ」
 時間の問題ではあったよね。そんな囁きも聞こえる。
「希望者いますか」

 むかし親が発見したちいさな星。いまはわたしたちによく似た生き物も暮らすようになっている星を発見して台帳に登録して、初代担当になった親が不慮の事故で消えて、わたしが担当を引き継いだ。親が住めるようになるまで育てたちいさな星。
 死にかけているわたしたちの星からの移住計画。地球は候補星のなかではどちらかというと不人気なほう。登録当初は注目されたけど、わたしたちと競合しかねない生き物が発生してしまったから。駆除するっていう話もあったけど立ち消えになって、地球はそのまま移住先としての人気が下火になって、もうずっと誰にも顧みられないまま、ながいことわたしが担当している、その担当をわたしは今年いっぱいで降りる。
 年が明けたらわたしは地球に降りる。わたしの親がそうだったように、わたしの移住も不慮の事故で片付けられる。わたしは担当星に魅入られて取り込まれて消えて行ったものたちのひとりになる。

 正規移住者ではないから手当も保護も受けられないけど。
 明日、わたしは地球人になる。


#7

部屋

 目が覚めると私だった。世界は煙る霧雨のごとく描画されていく。完全な趣味として黒檀をハンドドリップし、木漏れ日を焼く。溶けたトラと熊を滴らせながらかぶりつく、ふりをする。私は物語を食う。
 本棚から本を抜き、開いて目を通す。吹雪く少女の手を握り続ける少年。モニタには芽吹く娘を摘出し続ける医師が映っていた。今日も異常なし。
 デスクに置かれた一冊のノートを手に取る。そこにはひとりで四季を監視する男の生活が描かれている――こんなふうに。
「目が覚めると私だった。視界は打ち寄せる波のごとく描画されていく。健全な嗜好として太陽を握り、池の泥をかき混ぜる。夜の薄衣をはぎ取りながらかぶりつく、ふりをする。私は空想を啜る。」
 彼と私の状況は似ていたが異なる点がひとつあった。首から下げた一本の鍵。扉の鍵らしい。鍵を認識して初めて扉の存在に、そこが室内であることに気づく。外という概念が生じ、閉じこめられていたことを理解する。
 であればすぐに出て行けばいいものを、ケーキの苺を残すようにそうしないでいる。いざというとき、何もかもに嫌気がさしたときに使うつもりなのかもしれない。

 数百年後、彼は鍵を使う。無機質な音と共に扉が開き、そこには彼や私に似た男が椅子に腰掛けている。ようやく来たかと男は言う。彼は男を殴り倒し、犯し、殺し、解体し、唾を吐き捨てる。私はノートを閉じる。今日も異常なし。
 ノートをしまうためデスクの抽斗を開けるとそこに鍵がある。なんだ、私も持っていたのか。しかしここに抽斗などあっただろうか。鍵を手に取り、数百年に匹敵する数秒間だけケーキの苺を残す気分を味わう。立ち上がる。
 扉を開く。鍵はかかっていなかった。
 弟が祖父に蝉の抜け殻を渡す。日を浴びて妹が紅葉する。祖母が灯油の虹色を舐める。姉が花開き、母が無数の胎児たちと海を泳ぐ。父が浜辺で煙草をふかし、兄は外国語の本を読む。男は隣人と梅雨入りし、女は船を沈没させる。彼は残暑を見舞い、彼女は彼岸を過ぎた。俺は彼らを殴り倒し、犯し、殺し、解体し、唾を吐き捨てる。お前は何者にもなり得ない。
 さあ鍵を開けよう。鍵穴はここにある。僕は私に鍵を差しこみ、ぐるりと半回転させる。肉が裂け血は迸り、はらわたがはみ出しからだはひっくり返る。表れたノブを回す。おはよう、おはよう、今はあなたの生まれる時間よ。どうか君にとって、この部屋が美しくありますように。


#8

マイナンバーの功罪

 マイナンバーによる呪殺が初めて起きたのは、2030年のことだ。
 起こるべくして起きたと有識者は語り、国民は憤った。第三次呪術ブームに各宗教団体の設立した呪術高等専門学校卒業生は全国に約8万人。国民の呪術に対する興味と知識レベルは高かった。
 本来、個体認識呪術は効果が薄い呪術だ。低い呪力に対して広すぎる認識能力が、対象を分散させオーバーヘッドを生み、効果を薄めてしまう。最も有名なのが1987年に起きた佐藤太郎呪殺未遂事件である。個人的な怨恨に端を発する大がかりな術式は、結局全国の佐藤太郎の0.1%に風邪をひかせるに留まった。
 マイナンバーがその常識を変えた。
 陰陽丁主導で行った政府の対策はどれもが失敗した。
 例を挙げる。
 個人番号の対象をペットまで適用する制度。呪力は半分に減衰するが、動物好きは制度を使わず、動物嫌いはペットを飼わなかった。動物愛護団体から袋叩きにあい中断。
 マイナンバーのワンタイム化。一定時間でランダムかつユニークな番号に変え、使用者はカードで認証を行い番号を使用する。根本的なシステム改修プロジェクトが始まり莫大な予算が計上されたが、結局はカード中の認証情報により呪術が可能と一部のハッカーによって実証され、中断。
 マイナンバーによる呪殺事件は多くはなかったが、諦観と不安が国中を包み、数十年の間に政権与党は3回変わった。
 光明は、呪術と科学の相互発展によりもたらされた。
 群体化技術の実用化である。脳からコピーした電気信号および神経伝達物質のパターンを記憶したナノマシン同士が密に呪術的通信を行うことで意識を生成する。それにマイナンバーが核となって、7兆個のナノマシンが一人の人間となる。これが群体化人類である。呪術とは、言わば意味や観念を通して効果を及ぼす体系であり、呪術的通信は距離を無視する。仮に日本全体にナノマシンが散らばったとしても意識は存在できる。この偏在する個人が、個体認識呪力を7兆個に分散させ、効果をほぼゼロにまですることに成功した。
 2090年、全国民の群体化を日本が決断。マイナンバー誕生より75年で、人類は個体認識呪術を乗り越え、次のステージに立ったのである。

 そう言った直後にチャイムが鳴った。これで講義を終わる、と言う前に講義室の気配がばらばらと散らばったかと思うときれいに霧散した。私も先に帰宅した半身に追いつくために窓から飛び出した。


編集: 短編