第244期 #6

月から地球をみる

 彼女は、ロシアでユーチューバーをやっている日本人だ。
 私は密命により、彼女をロシアから連れ出す任務が与えられたので、とりあえず彼女の動画をチェックすることにした。
「モスクワはもう夏。街を歩く人々はみな薄着で、短い夏を楽しんでいます」
 彼女はロシアでバレリーナをやっていて、仕事の傍らでユーチューブの配信をしている。
「今年の夏の予定は?」
 彼女がそうインタビューすると、金髪の青年は笑顔で答える。
「いま戦争だから、どうなるか分からないけど、仲のいい友達と一緒にウラル山脈で自然を楽しむつもり」
 彼女はスパシーバと言って、次のインタビュー相手を探す……。

 さて、私は彼女をどうやってロシアから連れ出そうかといろいろ考えた。
 無理やり拉致する方法もあるが、できれば彼女の同意を取った上で連れ出したかった。

「モスクワは、たぶん近いうちに火の海になります。私は、ある命令を受けてあなたを助けにきました」と私。
「あたしにとっては、本場のロシアでバレリーナを続けることが、自分にとって一番の居場所なのです。簡単に逃げることはできません」
「だけどモスクワが攻撃されて、あなたが死んでしまったら、もうどうにもならないじゃないですか?」
「でも、モスクワが核攻撃されるということは、同時に、世界中が核攻撃されるわけだから、どこへ逃げても同じですよね……。だったらあたしは、ここに残って、世界の終わりを見届けたいと思います」

 彼女は頑なで、とても同意は得られそうになかったので、私は仕方なく、彼女を無理やり拉致して乗り物に乗せた。
「あなたにもいろいろと事情があるのでしょうから、あなたのことを悪く思うつもりはありません」
 彼女は、体を縄で拘束された状態で静かにそう言った。
「誰だっていろいろな事情を抱えていて、いつも、何かに縛られているのですから」
 私たちが到着した場所は、空が真っ暗で、丸い地球が見えていて、地上には何もないところだった。
 そこは、たぶん月だと思うが、私のような末端の人間には全く説明がない。
「ほら、地球のいろんなところで、ポンポン何かが光ってる」
 私は、彼女の縄を解いて無礼を詫びた。
「日本の家族や、モスクワの友達はきっと死んじゃったのに、あたしだけ……」

 しばらくすると、上空に巨大な宇宙船が現れて、声が聞こえてきた。
「ワタシ、アナタニ昔、助ケラレタ宇宙人。ダカラ、アナタ、ドウシテモ助ケタカタ……」



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